あらゆる新春セミナーでも話題の中心は、やはり中国。それだけ、国に勢いがあるのだろう。その中国人に異変が生じているという。中国人が日本の“サービス”に関心を持ち出しているそうだ。
「いまや日本の技術者に高い給料を払おうとは考えていない。でも、ネールアーティストにだったら月百万払っても雇いたい」という(山口義行教授談)。
一方で、日本における“サービス”業の低生産性が問題となっている。しかし、あらゆる面で、日本ほど“サービス”が行き届いている国はないような気がする。モノ余りの時代において、“サービス”の価値化は、いまや差別化の手段ではなく、差別化そのものだと考える。
そこで、「“サービス”とは何か?」について少し考えてみたい。
“サービス(service)”とは、奉仕。人のために徹底して尽くすことである。経済用語においては、売買後にモノが残らず、効用や満足などを提供する、形のない財のことである。
“サービス”の経済的特性の一つに、不可分性がある。生産と消費を分けることはできない。つまり、提供者と消費者が“サービス”提供の場に同時にいなければならないという大きな制約がある。
さらに、無形性。形がないから、予め試すことができない。だから、提供する人間を信頼するしかない。名医、カリスマ美容師、行列ができる法律事務所等々を選択する傾向がある。
「その場、その時、待ったなし」という“サービス”の経済的特性を考えたとき、その提供者において、いかに心の有り様が大事であるかを測り知ることができよう。人のために徹底して力を尽くしたいと想いがなければ、その価値は伝わらないだろう。「その場、その時、待ったなし」というのは、「一期一会」というおもてなしの心、日本人の伝統的な良き心である。
専門知識や技術といったテクニカル的な能力は、努力をすれば誰でも身につけることはできよう。だが、“サービス”の本質は人間の心の有り様であり、その人の価値観の問題であるということを認識する必要があるだろう。
“サービス”は暗黙知。そう簡単に、真似することはできない。「マーケティングの理想は販売を不要にすること」とはP・ドラッカーの有名な言葉である。「一期一会」による“サービス”の価値化こそが、それを可能にする唯一の手段である。
「日本は、“サービス”立国を目指すべきである」と考える。
(H23.2.7)