今週のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」(第8回・日露開戦)は、列強の中で生き残るために日露開戦を決意、まこと小さな国ニッポンの舵取りを任された当時のトップリーダー達の責任観念・苦渋の想いが伝わってきて、感動した。
当時のニッポン人の思考や行動を根底から支えていた“動機”(=目的意識)は、何であったのだろうか・・・・・。ドラマを観ながら、「“動機”善なりや、私心なかりしか」という稲盛和夫氏(京セラの名誉会長)の有名な言葉を、ふと思い浮かべていた。
その“動機”について少し考えてみたい。
“動機”とは、ウキペディアによると「人が心を決めたり、行動を起こしたりする直接の原因、または目的。倫理学で、対象または目的の観念から導かれた衝動や欲望。心理学で、行動を引き起こす意識的・無意識的原因」とある。
“動機”は、俗っぽい言葉でいうと“ヤル気”ということだろうが、その人の思い描いている“目的”とつねに一致しているのであろうか。
「“動機”が目的に一致する。これが事実として成し遂げられるのは常人ではない」(経営人間学講座)。これは、たいへん示唆に富んだ言葉である。
人が心を決めたり、行動を起こしたりする直接の原因すなわち“動機”は、その人の描く目的と一致しているはずであるが、そうなっている人は意外と少ない(動機と目的の不一致)。
なぜか?それは、目的を明確にして生きていないからである。その結果、外なる対象への五感的な反応(衝動や欲望)へ支配された“動機”ばかりが一人歩きしてしまうのであろう。
それでは、「坂の上に雲」のドラマに登場する人物たちが為したような、大事は為せない。“動機”が目的に一致するような生き方をするためには、価値ある目的を特定する必要があるのだ。
今のニッポンは、グローバル化という時代の大波の中で、明治維新の頃と同じように、苦渋の決断を迫られているのだろう。今の私たちには、あの時代をひたむきに支えたニッポン人と同じ気概が求められているのではないだろうか。そう実感する。
「今の自分に何ができるか」を考える人が多い。しかし、「今できること」を考えることなどは小さなことである。それよりも、今の時代は特に「究極的に何を為すべきか(真の目的)」をつねに問うべきである。
「“動機”が目的に一致する!」 そんな生き方をしたい。未来には無限の可能性がある。それを切り拓くのは目的であり、そこから生まれる“動機”なのだ。
(H22.12.13)