世の中には、多くのハウツーが氾濫している。


 事業や蓄財に成功した人のハウツーが、本やセミナーなどで惜しみなく公開されている。もちろん、それを欲しがる人が多いからだろう。


 だが、私たちはそれを学んだからといって成功を手にするとは限らない。その証拠に、ゴマンと氾濫しているハウツーの割には、それを真似て成功したという人の声は意外と少ない。


 これは当然のことで、他人のやり方をうわべだけ学んだとしても、ハウツーには次のような性質があるので上手くいかない可能性のほうがずっと高いのだ。

ハウツーとは過去の成功体験であること。


 過去の、ある条件下のもとで、上手くいったという体験話であって、未来に同じ条件が整うという保証はないのである。


ハウツーとはパッケージソフトのようなもの。


 だから、痒いところに手が届かないもどかしさあり、成果がでないと面倒になってやめてしまう。


 問題なのは、自分の“なぜ?”を考えないところにある。「自分は“なぜ?”これをやろうとしているのか」。この“なぜ?”を問うところに物事の本質があるのであって、ハウツーはあくまでも無数にある手法にすぎない。


 何か事を為そうとするとき、自分の“なぜ?”を問うことから始めるのは重要だ。なぜならば、“なぜ?”を問うことによって、私たちは物事へ取り組むことへの自らの必然性を確信できるようになるからである。また、それ故にやり続ける覚悟が生まれるのである。


 事業化セミナーなどへ参加したあと、そこで学んだハウツーをベースに自分なりに加工し、上手く使いこなしている人がいる。そのやり方は、もう似て非なるもの。その人の独自性を十分に感じとれるものになっている。


 なぜ、それができるのか?明白である。その人は、自分の“なぜ?”を問うことから始めた人なのである。他人のハウツーを活かせる人とは皆、その種の人たちなのだ。実は、自分の“なぜ?”を考える人とは、他人からハウツーを学ばなくても、いずれその事に気づく人なのだ。


 ハウツーを学ぶ目的は、省エネだと思う。しかし、その前に自分の“なぜ?”をしっかりと考えておかないと、ムダ骨になってしまうということを知っておく必要がある。


 自分の“なぜ?”があってこそ、「道遠からず」なのである。

(H22.6.28)