“投資”といえば、株や不動産などへのマネーの運用、企業などの設備“投資”、国などの公共“投資”等々の思いが浮かぶ。他に、自己開発や人脈づくりへの“投資”などもある。
経済学でいう“投資”とは、将来において資本(生産手段や能力)を増加させるための経済活動を指す。その活動には不確実性(リスク)と期待が同居するが、成長のキーワードとなる行為といえよう。また、消費と対比される活動である。
「Time is money(時は金なり)」という言葉がある。また、ピーター・F・ドラッカーは「時間こそが、真に普遍的な制約条件である」と述べ、時間の活用と浪費の違いが生産的活動に大きな影響を与えることを示唆している。
そこで、時間の使い方(“投資”と消費)について考えてみたい。
先ず、現状チェックをしてみよう。自分の時間を何に使っているのだろうか?費やしている時間は、投資なのか、消費なのか。
日々、日常的な業務に追われ、惰性で生きているようであれば、それは時間を消費している証拠。ボーっとして仕事が進まない怠惰な時間に支配されているようであれば、それは浪費だ。緊急なことへの対応に追われ、重要なことを先送りしている人の多くは、時間を消費に使っているタイプだといえよう。
では、対照的に“投資”に自分の時間を使っている人とは、どんな人をいうのだろうか。“投資”の本質は、成長である。日々、変化を実感できるような仕事をしている人が、それに該当する。
恐らく、多くの人たちが時間の不足を感じているのではなかろうか。日々の業務に追われ、残業の毎日・・・・・。家に戻ると、倦怠感が漂い、もう頭が働く余地がないまま、一日が終わる。
しかし、考えてみよう。何ものかに奪われて、不足している時間を取り戻そうと真剣に戦ったことがあるだろうか・・・・・。自分の時間を確保したいと思うならば、そこから始める必要がある。その気持ちがないかぎり、奪われたままの状態が続くであろう。
次に、スケジュール表に空白の時間をつくること。予定のない時間である。一日の中にそのような時間が多く確保された日は、心の充実感が違う。そして、その時間を“投資”に優先してまわす。それが、さらなる時間をつくってくれるのだ。
仕事をだらだらしない、さっさと片付けようと決めている人は、空白の時間をつくる喜びを知っている人だ。
汝自身の時間の使途を知れ!それは、“投資”なのか、消費なのか。
(H22.6.14)