「大将に“信念”がなければ戦に勝てない!」。確か、松下幸之助さんの書物の中で見たような記憶があるが、幹部会で業績チェックをしていたときに浮かんだ言葉である。本人の話を聞いていると、やる気満々なのだが、やる気の上滑り。なぜか、努力と成果が噛合わないのである。何が足りないのか?「きっと、“信念”が不足しているのだろう」と。
考えるに、“信念”とは「やると決めた以上は必ずやる!」という強い想いであり、自らの言動の一つひとつを確実に成果に刻み込む力であるから、やる気が上滑りするはずがないからだ。
では、そのような揺るぎない“信念”は、どうすれば培われるのか。企業人としての“信念”は、経営理念への共感性、一体感の強さだと思う。中途半端な想いではだめだ、それと殉死するくらいの覚悟が必要だろう。
自分では一所懸命やっているつもりでも、独りよがりの努力では結果に結びつかないことが多い。どこかで、自分の甘さに妥協をしてしまうからだ。私心を超えた大義に奉仕する気持ちがあれば、安易な妥協は許されない。人間は何事もそうであるが、自分で真に正しいと思うことには本当に強くなれるものなのだ。
揺るぎない“信念”は、自らを強くするだけではない。自分の周りにいる人たち、関わりを持つすべての人たちを巻き込んで一丸とする力がある。本来、その人たちが持っている熱き、良き心に火をつける力があるのだ。そして、それらが一つとなって不退転の行動を支える力となる。そのような状況をつくり出すことができるリーダーが存在している組織は必ず成果を出している。
これは間違いなく、松下幸之助さんから学んだことであるが、「経営者は、知識の多さや技術力で、社員にいくら負けてもかまわん。しかし、会社を良くしたいと熱意にかけては誰にも負けたらいかん。熱意が失せたときがトップの引き際である」という言葉がある。
会社の理念に揺るぎない“信念”を持てて、その理念を実現するのは自分であるという最高の熱意があれば、目標達成への厳しさ(叱るときは烈火のごとく叱る、誉めるときは抱き合って誉める)を身体にしみこませつつ、愛情をもって部下を育てあげることができるはずである。
「腐った鰯のような目」という表現があるが、部下をそんな目にさせては上司として失格だ。人間はだれでも生産的でありたいと願っている。
理念への共感が揺るぎない“信念”を培い、そして不退転の行動を支え続ける。そのような循環的な状況が確立されれば、成果は必然となる。
(H21.11.16)