海外研修中に読み上げた新渡戸稲造の「武士道」(岬龍一郎訳)について紹介をしたい。


 序文において氏は、この著を著す動機について次のように述べている。


 ベルギーの著名な法学者に招かれて、滞在していたときのこと。宗教の話題になったときに、「日本の学校では宗教教育がない」というと、教授は驚いて、びっくりするような声で「宗教教育がない!それではあなたがたはどのようにして道徳教育を授けるのですか」と問われたという。


 その質問に愕然とし、すぐ答えることができなかった氏。拠って立つべき日本の精神とは何か?自分の善悪や正義の観念を形成しているさまざまな要素を分析して初めて、その拠りどころが“武士道”だったことに気づいたという。


 “武士道”とは、「武士の守るべき掟として、長きにわたる日本の歴史の中で、武士の生き方として自発的に醸成され発達した道徳的原理だ」という。その源泉には、仏教と神道と儒教があったのだという。


 仏教によって死生観を養い、平常心を保つことができ、神道の自然崇拝的な教義によって愛国心や忠誠心を養うことができた。“武士道”の道徳律に関しては孔子の教えが大きな影響を与えたという。しかし、「論語読みの論語知らず」という諺があるように、「知識はそれ自体が目的とならず、あくまで智恵を得るための手段」、「重んじるのは知識ではなく、行動である」という考え方が尊ばれたという。(これは、大変共感できる考え方だと思う)。


 そして、“武士道”の徳目として次の7つを取り上げている。「義」、「勇」、「仁」、「礼」、「誠」、「名誉」、「忠義」である。氏は、他に「孝」の一字を加えたかったようであるが、この徳に対する西洋人の感情を理解できず、比較論を書くことができなかったという。


 「礼」のところで挙げてある比較論が面白いので紹介したい。


 アメリカ人が贈り物をするとき、贈る側その品物を誉め称える。だが、日本人はその品物を「つまらないものですが」と悪くいう。この場合アメリカ人の心情はつまらない品物を与えれば相手を侮辱したことになると考えるが、これに対して日本人は「あなたは立派な人です。どんな贈り物でも、立派なあなたにふさわしいものはありません。立派な品物だといえば、あなたの価値に対する侮蔑になる」と考えている。アメリカ人は贈り物の品質のことを述べ、日本人は贈り物をする側の気持ちを言っているのだという。つねに相手の立場に立って思考する日本人の奥ゆかしさが感じられる。


 今の日本人に“武士道”でいう7つの徳目は、どのような影響を与えているのであろうか。また、「自己の価値観の形成においてどうだろうか」を問うてみたいと考える。

(H21.10.19)