青森にいる友人(税理士)の計らいで、初めて“ねぶた祭り”(82~7日)をじかに観ることができた。


 “ねぶた祭り”の起源には諸説があるというが、歴史でもならった坂上田村麻呂による陸奥国の蝦夷征討(平安時代)に由来するというから勇壮であるが、華麗で、躍動感があって観る者の心を踊らせる。


 さすがに秋田の竿灯祭り、仙台の七夕祭りと並んで東北三大祭の一つに数えられるだけあって、開催期間中の観光客は延300万人を超えるというから凄い。当然ながら観光業者にとっては最大の稼ぎ時、ホテルなどの宿泊料金は倍以上に跳ね上がるが、満杯で予約は取れないという。


 “ねぶた祭り”の圧巻は、やはり、二十数の参加団体がスポンサーとなって製作する歴史上の武将や合戦などをテーマとした大型ねぶた。そして、参加団体が、ねぶたの本体、祭り当日の運行や跳人(ハネト)、囃子などを競って、毎年ねぶた大賞などが選ばれるという。


 祭り期間の経済効果は相当なものだろうが、ねぶたの制作費や運行コストも大変だろうと思う。聞くところによると、一団体で1~2千万円は掛かるそうで、不景気になると企業等のスポンサーや寄付を集めるのも一苦労だと思うが、お金をかけるだけが能じゃない。いろいろと創意工夫があっていいと思う。


 祭りというのは郷土性があって、笛や太鼓の囃子の音色、踊りや掛け声一つとっても、小さい頃から慣れ親しんだそれぞれの特徴があり、その郷土の人間は囃子の音色を耳にするだけで心がはやるのである。


 囃子方からの何かの合図があるのだろう。跳人が掛け声をあげながら一斉に跳ねるように踊りだす、その一体感がたまらなく観ている者の感動を呼び起こす。もうそれだけで十分に堪能しているのに、勇壮華麗なねぶたが動き、躍動する。これは、まさに団体競技だ。気持ちを一つにしないと、感動を喚起させることはできないだろう。


 祭り見物のあと、打ち上げの席で感心したことがある。「どんな意見や感想でもいい。何かアイデアありませんか?」といわれたことだ。運営委員でも何でもない一市民からの何気ない投げかけに、地域一丸となった“ねぶた祭り”に対する思いの強さを感じることができた。


 単なるモノが売れない時代、顧客をつくるには感動経営が必要だという。祭りにヒントがある。モノやサービスを提供する側において、どれだけの感動や思いがあるかだと考える。“ねぶた祭り”のように・・・・・。

(H21.8.10)