書棚の整理をしていると、「自在力」(塩谷信男 著)という本に目が止まる。懐かしい思いで、発行日を確認すると1998年(平成10年)とあるから、もう十年以上も前である。


 この本は、塩谷先生96歳のときの処女作。当時、94歳で3度目のエイジシュートを達成した人として有名だったので、読んでみたのだが大変感動したことを今でも覚えている(「”考える言葉”シリーズ・99年度版」で紹介)。


 思うに、小生が「百歳まで現役で働こう!」と決意するに至った経緯にはいくつかの出逢いがあるのだが、この本との出逢いもその一つであり、塩谷先生の生き様に勇気を頂いたことを思い浮かべつつ、いま再読をしている。


 今回、目を引いたのは「わたしは“エブリワン”のさきがけにすぎない」という言葉。


あるゴルフ雑誌が「ボビー・ジョーンズ(球聖と呼ばれ、マスターズをつくった男)はナンバーワンだが、塩谷はオンリーワンだ」という紹介記事を書き、マスコミが騒いだときに、応えていった言葉だという。


 この言葉は、「凄い!」と思う。「ナンバーワンでも、オンリーワンでも、そんなことはどっちでもいい。むしろ、“エブリワン”のさきがけ・・・・・」。


 つまり、自分にできていることは特別なことでも何でもない。誰もが「強く願う」ことを正しく身につけ実践することができれば、自在力を発揮できるし、人間はもともと百歳までは健康長寿をまっとうできる可能性と能力をもっている。そのことを立証し、誰にでも共有してもらうのが、自らの晩年における使命だと確信されていたようだ。


 “エブリワン”のさきがけとは、言葉を変えていうと、「普遍性の追求である」と考える。「普遍」とは、「① すべてのものに共通であること、②宇宙や世界の全体についていえること」(広辞苑)である。


 自分の身の回りで起きる出来事を、何か特別なことあるいは偶然なこととして捉えるのではなく、普遍的かつ必然的なものとして捉え、その事象の本質へ踏み込んでいく思考ができるかどうかである。


 そのために必要なことは、一言でいうと「全体最適」の思考である。わたしたちは、すでに部分最適をいくら追及しても「全体最適」にならないことを理解し始めている。


 塩谷先生も指摘されているように、自分が全体の中でどのような役割を果たせるのか、あるいは果たすべきなのか。まずはそこから考える必要があるのだ。


 わたしたちIGグループも、恐れ多くも“エブリワン”のさきがけでありたいと願う。そのためには、あらゆる業務において「普遍性の追求」を怠ってはならないと考える。

(H22.7.26)