先週末、大宰府で開催したIG後継者育成塾での話題。昨年9月にスタートして第5回目の会合となる。さすが、若さだ。回を重ねる毎にメキメキと成長の跡が見えて頼もしい。
今回のテーマは、「仕事を“価値化”する」であった。ここでいう“価値化”とは、レベルの高次化をいう。つまり、目的の内容を低い次元から高い次元へと移行しようという意思である。そのためには、物事の本質を見極める必要があろう。それ故に、“価値化”の第一歩は「Why」や「What」を問うことから始めなければならないだろう。
しかし、私たちは「Why」や「What」の疑問詞に慣れていない。何故ならば、長く続いた右肩上がりの環境の中で同じレール上を走っている限り、極めて効率的な「How to」思考に慣らされてしまったからだろう。
過去の成功体験のパターン化が「How to」である。だから、手法を身につけることはできるが、目的を問う力にならない。それから、「How to」は量的拡大には貢献できるが、質的な転換には、あまり役に立たない。
さて、今起きている時代環境の激変は、パラダイムシフトと呼ばれ、「時代を支配するパラダイム(=思考の枠組み)の変化によって引き起こされている」といわれている。つまり、思考の次元が変わっていくのである。それ故に、手法を問う「How to」ではなく、物事の本質や目的を問う「Why」や「What」なのである。
私たち働く者にとって、「仕事の“価値化”」とは何を意味するのだろう。その解のキーワードは、「成長」ではないだろうか。
「人は何のために働くのか?」という問いに対して、仕事に関わる初期の段階においては、多くの人たちは「生活するには稼がなければならない。お金のためだ」と答えるであろう。しかし、「パンのみに生きるにあらず」だ。だれもが、生活ためにのみ働かざるを得ないとしたら虚しさを感じるであろう。そのことを、仕事そのものが私たちに教えてくれる。つまり、私たちは、仕事を通して成長し、確かに思考の次元を高めていっているのである。
仕事は、必ず場を形成する。場はそのまま出逢いのステージである。そして、様々な人間関係が生まれ、状況はつねに動く。私たち一人ひとりの主体性は、どのように関わっていけるのであろうか。そこから得ることができた確かなものを成長と呼ぶことができるのであろう。
「仕事の報酬は仕事である」という言葉に共感できたとき、私たちは「仕事を“価値化”する」ことができたのだと考える。
(H21.5.25)