先月の経営人間学講座のテーマは、『孫子18』。
『孫子』は今年で18回目の講義となるようで、『孫子』の有名な冒頭、「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず」(第一始計)に戻っての話だった。つまり、戦略論へ立ち返って、勉強をし直そうということだろう。
「乱世において、哲学のない組織は生き残れない」というのが孫子の持論。要は、トップは独自の経営観を確立した上で、五事(道・天・地・将・法)をもって組織力を磐石にして、戦いの備えるべきだという。
その内の“将”(トップや幹部などリーダー)について考えてみたい。孫子は、“将”すなわちリーダーの養うべき資質として、「智・信・仁・勇・厳」の五つを挙げている。智とは智謀、信とは信義、仁とは仁慈、勇とは勇気、そして厳とは厳格のことである。今回は、「将たる者、なぜ厳であるべきなのか」のところを少し掘り下げて考えてみたい。
「師厳道尊」という言葉がある。「師の厳によって道の尊さが示され、道が尊い故に師が厳なのである」という意味だそうだが、まさに“将”が厳である必然性がここに存在しているといえよう。厳とは、たんに信賞必罰を迷いなく実行する「怖さ」や「厳しさ」をいうのではなく、自らが目指している仕事の尊さが故に、叱るべき時に真剣に叱る、その厳を厳と呼びたい。
聞いた話であるが、松下幸之助さんの叱り方は尋常ではなかったという。これ以上憎たらしいものはいないというような表情と口調で、感情丸出しで烈火のごとく怒ったらしい。本田宗一郎さんも然り、ミスをした人間を憎いと思い、本気で怒鳴りつけ、口より先に手が出ることがあったという。本当に、失敗が憎かったという。「少し落ち着くと、必ず自己嫌悪に陥った」と告白しているが、どうもその繰り返しだったらしい。松下さんや本田さんだけに限らない。大きな理想に向かってチャレンジしている経営者だったら、誰だって熱くなって当然だと思う。また、そうだと多くから聞いている。
最近は、部下を叱れない上司が増えているという。そこで、「叱り方教室」なるものがあるそうだが、マジで何を教えるのであろうか。
突然落ちる、親父の雷。「それは親父の感情論であって・・・・・」「当たり前だ!怒ってんだから・・・・・」。親父の雷に、理屈はない。それが、親父の威厳だ。「人生とは、親とは何か」という抽象論を語れなくなった父親が増えて、厳も消えたという。
“将”の厳とは、本来、物事の本質やあるべき姿を示唆してくれるものだ。信や仁との兼ね合いもあると思うが、“将”の厳とは尊く、叱られた者の心に誇りや感謝の念を引き起こすようなものだと考える。
(H21.5.4)