ふと、子供の頃のことを、鮮明に思い出すことがある。べつに、理由はないんだけれど。
で、ふと感覚が《あの頃》に戻ってしまうことがある。
痛々しい記憶とか、悲しい思い出とか、小説にも書いた《隠れ家》で飼ってた犬や猫たちが、保健所の人達に連れて行かれて、悲しい鳴き声と一緒に、鮮明に………。
これを《トラウマ》と言うんだろうか?
それとも《フラッシュバック》なんだろうか………?
話は変わるが、中世ヨーロッパの詩人達は、書いた詩を、観客に聞かせながら、語り詩ったらしい。
そもそも《唄う》の語源は《訴える→訴たう→唄う》と、変化したものらしい。
そういう意味では、俺はこの《自伝小説》の中で、人生の苦悩を、悲しみを、もがき抗う姿を、そして《挑戦の唄》を、唄い続けたと思っている。
執筆を開始して、奇しくも、ちょうど《100日》で、最終回を迎えることができた。
勿論、この小説の中で、自身の《半生》というものを、すべて書き尽くせたわけではないし、寧ろ、《50数年》という人生を、そう簡単に書き尽くせるはずもない。かなり、端折っている。
また、この自伝小説を読んでくれた方々が、全員、満足してくれたわけではないだろうし、途中で読むのをやめた方々、過激な描写に気分を害された方々、様々な方々がおられることも理解している。
こと《過激な描写》の部分は、5割程度ぐらいしか書けなかった。実際には、あまりにも《過激過ぎる》ので……。
ただ、俺が1つだけ言いたいのは、どんな人間にも、その人だけの《ドラマ》があり、その人だけの《苦悩》があり、その人だけの《もがき》があり、その人だけの《挑戦》があるということ。
俺の、この《物語》も、その《人の数だけある物語》のうちの、1つでしかない。
そして、これだけは言えること………。
それは《諦めない勇気・もがき続ける抵抗心》だけは、万人の人生に《有効》だということ。
最後まで、読んで下さった方々………。
本当に、本当にありがとう。
もし、これから先の人生で、苦しみや悲しみに出遭うことがあれば、この《ろくでなし人生》を読んで、奮起してほしい。
何があっても、誰に何を言われても《自分自身》を、諦めないでほしい。
諦めないかぎり、けっして終わることはない。
今《病気》で苦しんでいる方々へ……。
病気が、身体を蝕んだとしても《心》まで蝕むことだけは、絶対にできないから、けっして《病気の言いなり》にならず、どこまでも《応戦》してほしい。
《心》だけは、負けないでほしい。
人は皆、人生の《苦難に打ち勝つ》ために《幸福になる》ために、生まれてきたんだから……。
今でも俺は、もがき続けている。
そう。《諦めない》ということは、もがき、抵抗し、次から次へと《目の前の心の壁》を、打ち破っていくということだから。
俺は今でも、苦悩している。
《答え》を探し続けている。
どうすれば、もっともっと、多くの人々の心に、《喜び》を届けられるか?等々……。
《安穏》や《平穏》など、《楽に生きたい》など、端から望んでいない。
最後の最後まで《自分を確かめ》ながら、真の《有意義な人生》を求めている。
俺の《物語》は、まだまだ《旅の途中》なので、またいつか、続きを唄いたい (書きたい) と思っている。それは《明日》かもしれないし、10年先かもしれない。
実際、この小説の原案を思いついたのは、今から15年前の《闘病生活中》だった。15年を経て、こうして《形》にできたこと、勇気を出して《過去のカミングアウト》ができたことは、今後の俺の人生に、プラスになるのは間違いない。
最後まで、お付き合い下さった方々………。
本当に、本当にありがとう……。
俺は《俺》を信じています。
あなたも《あなた》を信じて下さい……。
人は、必ず《変われる》から………。
I pray for you ……
by. 法太