人獣の別は礼にある、といって決して過言ではない。また武道と礼は決して切り離して考えられない。
文明の進化は、必然的に合理性のみを追求し、それらからもたらす副産物を考慮する余裕すら与えなかった。
そうした安易な考え方が、社会悪に結びつく公害を生じ、人の心をも空虚なものへと置きかえていった。
人間構成社会において、相互敬愛と規律がなければ、暗黒社会と化すだろう。
「親しき仲にも礼儀あり」世の通例が示すように、先輩を尊敬し、後輩を可愛がる精神が今もって失われていないとしたら喜ばしい限りといえよう。
こんな時こそ、見せ掛けだけでない、内実の伴った心意気、すなわち人として当然やらなければならない、第三者を意識しない人間愛と節度が必要となってくることを信じて疑わない。
心の伴わない修道は、修道とは言えず、ただいたずらに虚栄の壁を厚くする道具でしかないことを肝に銘じておくことも、決して悪いことではないだろう。
画像は沖縄・守礼門

