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古流空手道通信

ふるきを温めて新しきを知る


古流空手道通信-気魄

古流空手道の原点ともいえる写真。(昭和50年ころ)


右 大澤成道(全日本古流空手道連盟会長)

左 植村和永(全日本古流空手道連盟範士)


【空手道の沿革】

 空手道を分類すると一種の格闘技といえる。すなわち人類闘争本能の進化体形とも考えられ、「徒手空拳をもって身を護り敵を防ぐ武技である」との護身説らしい定義が発生して不思議ではない。

 その発祥起因、来歴等をたどってみると、慶長14年(西暦1609年)島津藩琉球征伐による禁武政策(廃刀令)に端を発し、自己防衛手段として有識者により創られたと伝えられている。

 当初、那覇、首里、泊地区に端を発し、琉球武人、東恩納、新垣、糸洲、宮城、本部、安里等先人の手により研究され、その後唐国に伝わる拳法を加味、明治末期より大正初期にかけ、日本本土に伝えられ、武徳殿において、宮城長順小西康裕、摩文仁賢和、大塚博紀、富名越義珍、遠山寛賢等、沖縄日本武道家により研究改良特色付けされ、それらの門人たちが各地で普及発展に努力しているが、その実体と大勢はスポーツ化され、それ自体を憂う者とて数少ない。




古流空手道通信

三戒


一 私憤追放


一 反省是正


一 破邪顕正


【解説】

 人間修道において、何か指針目標はあってしかるべきかと思う。当初ある者は強くなりたい一心から、またある者は体を鍛えようとして、またある者は根性養成を目的として始めたと思う。


 しかし動機はどうあれ、武道の本質を理解しようと努力するとき、何か教訓となるべきものを見い出し、それに近づけることも決して無駄ではない。そこで筆者(植村和永)が先輩からいただいた三戒を筆者自身も含めて、同志に心がけてもらいたいと願う次第である。


一 私憤追放(怒ることなかりしや)

   

   ゆりかごから墓場まで、命をかけて義憤に燃える時が一度あるか、いやないと思う。むやみに憤ることは、思考力を減退さし、人体生理学的にも良結果を招くまい。


一 反省是正(傲ることなかりしや)


   反省のない研修なら、やらない方が良い。傲り、うぬぼれる者に進歩した者がいないのを見れば、うなずけると思う。人生すべて反省、努力の連続であろう。


一 破邪顕正(恐れることなかりしや)


 以上三戒は、空手道研修時のみに終わることなく、学業に、職場で、何時いかなる条件においても通用できる金言である。


【補足】

 古流空手の道場では稽古の締めにこの三戒を唱和することになっている。