前回の続きです。

能登半島地震から1週間近く経った日の朝、気づけば停電になっていました。
もちろん、断水も続いています。

女ひとりと犬一匹、そして大きめの余震も一日中続いている。
停電までも続いたら夜が怖すぎると思い、地震後すぐに「避難しに来なさい」と言ってくれていた金沢の親戚宅へ電話しました。
犬も連れてきていいよということで、急いで準備をして、陥没道路に気をつけながら金沢へ向かいました。

ちなみにうちの近くのバイパスはひどい損壊があり、数ヶ月もの間通れなかったのですが、このように通れない道路もあるので、迂回路を通りながら…でした。
金沢でも元旦の日は大きな地震はありましたが、一部を除き被害はほとんどなく既に日常に戻っているようでした。

私の職場の方では、1月11日頃から職場で在庫がある商品や被害が少なかった事業者さんの商品のみ、またECサイトで販売開始しました。
取引先には被害の大きなところも多く、少しでも早く現金化して渡してあげたかったのです。
私は金沢でリモートワーク。
「買って応援」ということで全国テレビなどで数回、わが社のECサイトが紹介されたこともあり、朝9時から夜10時頃までひたすらお客様へメール返信、取引先に発注作業をしても全然終わらず。
平日の起きている間の仕事以外は、文字通り食事とさくらの散歩のみで終わる日がずっと続きました。


1月の売上は例年の売上の一年分、その後2~4月の売上でも例年の一年分の売上となりました。

避難させてもらったおかげで買い出し、食事作り、水汲みに行く手間も時間もなかったので、本当にありがたかったです。
能登の家にいながらでは、被災している中でのこの仕事量は完全に無理でした。
蛇口から水が出てくること、毎日お風呂に入れること、電気があること、余震も少ないし、同じ家に人がいて安心できること、など全てがありがたいことでした。

親戚宅には一ヶ月ほど居候させてもらい、その後は能登に戻りました。
私の地域は断水はまもなく解除されましたが生活用水としてしか使えませんでしたので、飲み水は霊水を汲みに行ったり、支援物資のお水をいただきました。

そんなある日2月上旬だったと思いますが、隣に住む大家さんから「悪いけど家を返してほしい」と伝えられました。
大家さん宅は内壁は崩れてしまっているところが多く、外側もところどころに傷みがきており、解体することにしたとのこと。
仕事も急には辞められないので秋頃までは住まわせてもらい、その後は関東の実家に戻ることにしました。

能登にはすぐに住めるような家は既になく、残るとしたら仮設住宅に住むことになりますが、いつ入れるかわからない、その後の行き先も私には目途が全く立ちませんでした。

そして一年ぐらい前から、親も年を取ってきたしもう少し近くにいた方がいいかなとか、犬のエネルギーがありすぎて(私が今まで関わってきた犬たちとかなり違う💦)私一人では体力的についていけないということもあったので、割とすんなり決めることができたのです。

11年間綺麗で大きな家を格安で貸していただいて、大家さんにも感謝です。

その後も仕事で忙しい日々が続きますが、夏に会社を退職し、埼玉に戻ってきました。

2023年8月 開腹手術
2024年1月 能登半島地震で被災・金沢へ避難

         担当ECサイトが一ヶ月で一年の売上を上回る
2024年2月 家を返すことに

2024年8月 11年半勤めた会社を退職
2024年9月 11年半ぶりに関東に戻る

と、大きなことがここ一年ぐらいの間に立て続けにありましたが、これも流れに乗った結果なんだなと思います。
12年近く能登で過ごし、その間ずっとひとつの会社に勤めていました。(転職歴の多い私には最長です)

帰省後はまた全く違った新しい流れに乗りかかっているので、今後はその話を。。

※今回も能登の地震から半年後ぐらいの写真をUPしておきます。
 人手が足りず元のように戻るには、まだまだ時間がかかります。
 少しでも早く、能登の皆さんが安心して暮らせるようになってほしいです。










何度も通った輪島朝市