
中学野球、3年最後の夏。
市内予選大会の決勝戦前夜。相手は秋の新人戦と同じカード。負ければ即引退というプレッシャーと、初戦を視察し互いに投打に力を付けたことを実感する全力プレーの中で、球種を限定する等の心理戦が始まっていて、表情含め硬くなっていた息子は呑まれていた様に思えた。
県大会出場を決める決勝戦当日。
後攻の息子チームは、強力な相手の上位打線を3人で締める上々の立ち上がり。ただ向こうのピッチャーも悪くない。投手戦が予想された。
2回に犠牲フライで1点を先制された後の4回の守備。
ファーストを守る息子が、なんでもないゴロをファンブルしたのをきっかけに、フォアボールからのタイムリーで2点が追加される。
その裏の攻撃、ヒットと盗塁で2塁にランナーを進めた場面でこの日5番で打席に入る息子に、監督先生が攻撃タイムを取った。
気負う息子へのアドバイスは、「観客を観なさい。
」。
自身への怒りに満ちた息子の引き攣った目が、若干下がったのが見えた。
初球、数学教師である監督先生の計算通り、落ち着きを取り戻した息子の会心の当たりはセンターオーバー。
しかし、軟式ボールはよく弾みワンバウンドでフェンスに当たりそのままスタンドインしたため、エンタイトルツーベースにとどまった。グラウンドに残っていたなら、ランニングホームランだった。
2塁上で両手を挙げガッツポーズをベンチに送り喜びを爆発させた。これまで見たことがない程の激しい感情表現に、この試合に懸ける思いとエラーの自責の念から来る苦しみからの解放を垣間見た瞬間だった。
その後、エースが交代し追加点を更に2点奪われ1対5で迎えた7回最終回。4点のビハインドはプロとて逆転は難しい。
でもチーム全員が諦めていなかった、応援保護者含めて。
円陣を組み「逆転勝ちするぞ!」の声が空元気でなく現実にする、できる。そう思わせるチームに成長したことを、練習試合の際の配車や塁審で同行することが多かった親達は感じていたはずだ。
1アウトから、9番打者がレフト前ヒット。レフトがもたつく間に3塁まで進塁、1番に打順が回る。リードオフマンが3塁打タイムリーで続けば、俄然応援はヒートアップし、2番打者がセカンドに転がす間に更に1点を返すと流れが完全に傾いたた。
野球は2アウトから。だが、反撃はここまで。
ネクスト裏で出番を待っていた息子含め3年球児に、球場サイレンは予定より1ヶ月早い6月での中学野球の終わりを告げた。
3年生問わずチーム全員が泣き崩れる姿はどうしようもない程、私の心を震わせた。思えば、私自身剣道部として中学部活の最後の日、ここまで感情が高まることはなかった。一度もサボらず稽古したのに、だ。
一生懸命練習した者が感じるのは喜びや自信だけでなく、後悔や失望も努力の産物で、頑張ったからこそ強調される。
そう、彼らは自分の精一杯をグラウンドに打ち放ったのだ。
息子は良い仲間と野球ができた。
思えば、小学生時代のスポ少野球は同級生が一人もおらず、主要ポジションをローテーションし、勝敗問わず息子が全てを背負っていた。
だからこそ、部員の多く強いクラブチームで野球を続けさせたいと近隣シニアチームの練習会に参加させたものの、息子は中学の部活野球を選んだ。
野球部説明会で、同級生が10人いると知った時の喜びは息子以上に私の方が強かったと思っている。
同級生との練習や相談、喧嘩さえ初めての息子は孤独から救われ、野球にのめり込んでいった。
打てなくても怪我しても、仲間の励ましがあった。ホームランを共に喜び、ファインプレーにチームが湧いた過程が、チームを一つにさせていった。
部活野球を選んで正解だった。私のエゴでシニアやボーイズリーグに行かせなくて、本当に良かった。
未経験者を含め、誰も欠けることなく白球を追いかけた青春の日々を、宝にしてほしい。
今は認めたくない経験と記憶が、近い将来の自分を鼓舞することに気付いた時、成長を実感できる。
野球人として、人としても。