おはようございます
Yです。
暗い暗い海のそこら辺で漂流中のようなメンタルのまま日が経つ事――何日だろう?
実際の海なら低体温か餓死か溺れているかで死んでるかもです。
さて、今日はネットの記事を読んでの自論を展開したいと思います(/ω\)
お題は『学校行く意味あるかないか』論争。
ええ、とある方達が学校行く意味あるかないかを激しくやりあっているそうなのです。
結論から先に申しますと、『学校に行く意味はある』です。
なぜ行く意味はあるのか、について今日は私が熱く厚く(?)語りたいと思います。
まず、そもそもとして『学校』とは何か。
学校=『学び舎』と書いて学ぶところですね。
何を学ぶかについては言及されていませんが、学ぶ場所である事は確かなのです。
では、『何を学ぶ』のか。
『授業・講義』『コミュニケーション』『集団性』『社会性』『得意な事』『苦手な事』etc……。
こちらをご覧の通り、学ぶ事がいっぱいです。というより、学ぶ事は限定されていません。
つまり、『学校』とは『何かしらの学びを得る場所』なのです。
これに意味があるかないかについてですが、意味はありますよね。
『何かしらを学ぶ』ために行くのですから意味はあるのです。
これに意味がないと言っている方はお話しになりません
なお言えば、『学校に行く意味がない』という方は、意味がないのではなく!
その人自身が意味を見出せなかっただけ=理解力に欠けていたという事になります。
学校に行って勉強は出来る。でも、考える力や理解する力が足りなかった。
つまり、極論で言ってしまえば頭は良くても理解力はあまりよろしくない
だって、意味見出せなかったんですから! 残念!( `ー´)ノ
では、『学校に行く意味』は【その人によって異なるという点に着目】したいと思います。
勉強が得意な子、コミュニケーションが上手な子、運動が得意な子。
その子のそれぞれの特性や性格、伸びしろを伸ばしたり、苦手な事をフォローしたりするのが『学校に行く意味』です。
それによって個性が育つとか言う話はしなくても良いですよね?
え、↑って当たり前の話ですよね?
学校ではそこまでやらないのか?
小学校から行けなかった私には分からなんだ(*´▽`*)
そういう事で、締めくくりたいと思います。
『学校行く意味は――――――――ある!』