世間が何を言おうと、周りの人が何と言おうと、自分で正しいと思うことをしなさい。その方が都合がよいとか得策だからではなく、心の奥でかくあるべきと確信したこと、良心がそう命じていることを実行すればよいのです。

 良心が命じていることは、たとえその方向へ進むと苦難に遭遇することが分かっていても、迷わず従いなさい。最後にきっといいようになります。難しく考えることはないのです。これ以上簡単な話はありません。

 決断を下さなければならない事態に至った時は、それが特定の人数ではなく、全部の人、あるいはなるべく多くの人にとって益になることを動機として判断しなさい。

 

  

シルバーバーチの霊訓

 

非常に勇気づけられる言葉です。

地上世界において物質的な視点のみではシルバーバーチのいうように自分の良心に沿って行動しても結果として上手くいかない、自分が損をする、失敗と思えるような結果になる、ということはあるかもしれません。

 

しかし束の間の短い人生を超えて、死後霊界入りした後には必ず正しく天秤が釣り合います。死後まで待たずとも生きているうちに因果応報を感じることもあるでしょう。

 

 

以前「豊かに幸せになるには」という記事を書きましたが、人間は損得や評判、利己や保身を超えて自分の良心が本当にこれが一番良いと思うことをすれば良いのだと思います。

 

 

 

ちょっと引用してみます。

 

たとえば商売上のやり方で二つに意見が分かれているとします。その場合は我々(指導霊)は躊躇なしに正しい方を選ぶように指導します。損得の計算はしません。その結果として仮に(人間が)損をした場合、あるいは痛手をこうむるような事態になった場合は後で別の手段でその埋め合わせをします。

もしも損得の計算に拘って、いけないと知りつつも儲かる方向へ後押しした場合は例え金銭的には豊かになっても、指導した我々および我々の誘いに乗った当事者の双方が後で大きな報いを受けることになります。地上生活中に受けるとは限りません。霊界へ来てから受けるかも知れません。が、絶対に免れることは出来ません。自動的にそうなるのです。

 

(ブルーアイランド エステル・W. ステッド)

 

利己や保身から離れること、ズルをしないこと、自分が正しいと思った道を進む結果生じる苦難を乗り越えること、こういったことはすべてその人の霊を成長させます。

 

もちろん未熟な人間であれば良かれと思ったことでも必ずしも最良の結果を生み出すとは限りません。後になって振り返ればもっと良いやり方があったと思い返すこともあるでしょう。

 

 

しかし人間の行う行動はすべて産土神(とその家来の神々)は知っていますし、守護神や背後霊にも筒抜けです。何より自分自身の魂が知っています。

 

神や霊の目を誤魔化すことは出来ませんし、自分の魂に嘘を付くことも出来ません。全部見られており、いつか必ず良い報いと悪い報いを受けるときが来ます。

 

 

神などいない、霊など存在しない、死後の世界などないという唯物主義であれば悪事を積んででも利己を追求した方が良いのかもしれませんが、実際は真逆であり地上物質生活は霊的な視点から見ればほんの束の間であり、人間は良心に従い、出来うる限りの善行を積み、悪を退け、そして出来れば神を祀り、守護神や指導霊との連絡を取り合うべきです。

 

 

言われてみれば当たり前のことですが、自分の利己と保身が関わるとその通りには行動出来ないという人はたくさんいるはずです。そこに地上生活の試練があり、霊的に成長出来るかどうかの分岐点があるわけです。

 

 

良心が勝てば本人の神性が増し、そうでなければ神性が減じて魂は地獄的境涯に近付いていきます。シルバーバーチの言う通り「難しく考えることはないのです。これ以上簡単な話はありません。」というわけです。