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【登場人物】
 土井さん  社長
 三島さん  専務
 片山さん  部長・元某大手通信会社部長
 内海君   僕と同期の中途採用組。
 宮川君   営業マンからの転職
 畑野君   弱電技術者からの転職
 小林君   自宅の商店のお手伝いからの転職
 金田君   奥さんの実家稼業からの転職
 村松君   フリーターからの卒業
 藤原君   引きこもりからの脱出
 イー君   中国から来た元料理人
 
M社 .. N社案件の窓口になってくれている会社。
 宇和さん  M社部長
 
 
※2006年~2009年の出来事です。
※登場人物の名前、会社名などは全て仮名です。実際の名前とは異なります。
 
 
一方的に期待していた案件が、完膚なきまでに叩き潰された。
分かっていた結末。それが分からなかった社長。
どんなに落ち込んでも、自業自得。
 
社長の面倒は、三島さんが見てくれるだろうけど、
問題は、この後会社がどうなるか。
 
これで目を覚ましてくれて、請負でも出向でも、どんな仕事でも
引き受けてくれるようになると良いけど..
 
 
社長の夢が打砕かれたその夜。
当の本人の社長から、電話が掛かってきました。
 
今までになく弱々しい、力のない声で話す。
 
社長:
 うずら君、わしはもうダメじゃ..
 
僕:
 仕事貰えるように、いろいろ当たってみましょうか?
 
社長:
 いや..もう..ええわい..
 
しばらく沈黙。
そして..
 
社長:
 ワシ、これから死ぬけん。
 
僕:
 え?
 
社長:
 保険掛けとっての..
 ワシが死んだら保険金が出るけん、それで会社を立て直してくれや..
 
ああ、この人は死なない..と直感的に感じた。
この直感には、幾つかの経験に基づいた根拠がある。
もちろん持論だし、100%とは、とても言えないけど、
少なくとも、今この人は、自ら命は断たない..そう感じた。

 

僕:
 今日はすみませんでした。
 僕がもうちょっと、良い物が作れていたら、
 また話が違ってたかも知れませんし..
 
社長:
 いや..うずら君は、ようやってくれたよ..
 
長めの沈黙が続く。
しばらくして、社長が喋り始めた。
 
社長:
 いま、目の前に睡眠薬があるんじゃがや。
 病院でもろた、強めの薬での..
 
 今からこれ飲んで死ぬけんな。
 今まで迷惑かけてすまなんだな..
 
そう言って、電話が切れた。
 
 
折り返し社長に電話しようかと思ったけど、この時はどうしても、
社長に電話する気になれなかった。
 
 電話の向こうで、僕から電話が入るのを待っている..
 
そんな気がした。

でも万一の事も考えられるので、ひとまず三島さんに知らせた。

 

社長との会話を知らせると..
 
三島:
 あー..そうなんですね。
 
呆れた声。
 
三島:
 実は今までに、こんな事が何回もあったんですよぉ..
 正直「またか」なんですよね。
 
僕:
 あー..そうなんですね。
 社長って、なんか、そんなタイプですよね。
 
三島:
 そうなんですよ。
 何かあると、すぐ「ワシは死ぬ」って言うんですよ。
 未遂も何度もあるんですけど、どれも大した事ないんですよね。
 まぁ、今回も大丈夫とは思うんですけど、
 絶対大丈夫とは言い切れないので、ちょっと様子見てきます。
 
三島さんとの電話を終えた。
 
何も無いだろうなと思いつつも、「これから死ぬ」と言われると、
胸がざわつき、なかなか眠れない。
 
その夜、三島さんから連絡が入る事は無く、朝を迎えました。
 
 便りのないのは元気な証拠なのか..
 連絡する余裕もないほど、大変な状況なのか..
 
そんな事を考えつつ、いつも通りに出勤していると、
三島さんから電話。
 
どうしてウチの会社の人たちは、人の通勤中に電話を掛けてくるのか..
 
ひとまず取る。
 
三島:
 夕べはお騒がせしました。
 結論から言うと大丈夫です。
 
三島さんが、色々と状況を教えてくれた。
 
三島:
 社長の家に行ったら、玄関の鍵が開いてたんですよ。
 いつもならカギ閉めてるんですけどね..
 
 家に入ったら、テーブルに伏せる感じで社長が寝ていて、
 近くに、いつも飲んでる睡眠薬がありまして..
 
 病院で処方されている薬で、社長が飲み過ぎないように、
 減り具合をチェックしてるのですけど、あまり減ってなくてですね..
 そんなに強い睡眠薬でもないので、大丈夫かなと思ったのですが、
 起こしても起きないので、念の為に救急に走りました。
 
僕:
 大変でしたね。
 
三島:
 もうほんと、勘弁して欲しいんですよね..
 
 病院で、念のために胃洗浄してもらったんですけど、
 医師からは
  この程度の量では死なない。
  今は薬が効いて、よく寝ているだけ。
  時間が経てば普通に目を覚まします。
 と言われまして..
 
僕:
 ああ、そうなんですか。
 
三島:
 そうなんですよ。
 で、今朝は普通に目を覚ましたので、心配ありません。
 でも今日は、念のために1日入院する事になっているので、
 私も社長も会社には行けません。
 
 
誰かに助けてもらえるように、玄関の鍵を開けておき、
万一の事を考えて、適量を少し超えた量しか飲まなかった感じかな。
 
きっと、僕か三島さんの、どちらかが駆け付けてくれると計算しての、
計画的な行動のような気がする。
 
そう思う反面、あの時、僕が折り返して電話していれば、社長も思いとどまり、
こんな騒ぎにならなかったのかも..と思うと、少し心が痛む。
 
いずれにせよ、こういう人騒がせな事は、しないで頂きたい。
 
僕:
 何はともあれ、大した事無くて良かったです。
 
電話の最後に、「皆にはくれぐれも秘密で..」と念を押された。
 
 
その日以降も、社長は出勤してこない。
随分落ち込んでいたので、今回は立ち直るのに時間が掛かるかな。
 
でも、このままだと本当にヤバい。
 
もう一人の役員、片山さんも、出勤してはぼんやり座っているだけ。
仕事を取りに行こうと片山さんを突いても、僕が行くと言っても、
 
 「動くな言われとるけんなぁ」
 
と言って仕事を取りに行く動きに繋がらない。
 
ただ無駄な時間だけが流れる、そんな日が続いている。
 
社長もあんな状態だし、三島さんは社長のお守りで手いっぱい。
もうひとりの取締役も動かないし..
 
そろそろ..いい加減、ヤバイかな?
 
 
 
 
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