シリーズ一覧はこちら → 愉快な社長
 
【登場人物】
 土井さん  社長
 三島さん  専務
 内海君   僕と同期の中途採用組。
 広田君   元々会社に居た人。唯一の常識人。
 小田さん  N社で一緒に仕事。車椅子使用。
 宮川君   営業マンからの転職
 畑野君   弱電技術者からの転職
 小林君   自宅の商店のお手伝いからの転職
 朝日さん  同業種からの転職
 金田君   奥さんの実家稼業からの転職
 村松君   フリーターからの卒業
 野田君   トラック運転手からの転職
 藤原君   引きこもりからの脱出
 
※2006年~2009年の出来事です。
※登場人物の名前、会社名などは全て仮名です。実際の名前とは異なります。
 
 
久しぶりのN社の仕事。
新人教育と掛け持ちしつつ、半年ほどで無事に完了。
 
金額は教えてもらえなかったけど、少しは収入になったかな。
少なくとも、期間中の僕の給料分以上は、稼げたはず..
 
僕がN社の仕事をしていた約半年間、小さな仕事がぽろぽろと入り、
広田君や小田さんが対応していましたが、基本的には暇な状態が続いていました。
 
 
僕もまた、暇な日になるのかなぁ..
 
と思っていある日、社長が全員個別に面談すると言い始めました。
 
なんだろう?会社潰すのかな?
 
それとも、何か案件の打診があり、担当を決めるための面談?
それは無いか..
 
もしかして、躁鬱のカミングアウト?
社長が治療に専念するので、辞めるか残るかの意思確認?
 
なんだろう..
 
 
ひとり、ひとりと面談に行くものの、みんな短時間で帰ってくる。
長くて5分程度。早い人だと2,3分。
 
戻った人達は、みんな一様に沈黙。
 
なに?そんなに深刻な話?
まぁ、盗聴器疑惑もあるので、事務所内では滅多な事は言えないか..
 
 
僕が呼ばれたのは、一番最後でした。
 
会議室に入ると、社長と三島さんが並んで座っている。
その向かいに僕が座って、面談開始。
 
社長:
 実はの、ここを出ないかんなったんじゃが。
 
あ、そういう事?
 
今の事務所は、起業したばかりの会社に事務所を提供する、
県の施設に入居している。
入居できる最大期間が決められていて、それ以降は延長が出来ない。
 
単純に、退去時期が来たという事だろう。
 
社長:
 ワシが言えば、どうとでもなるけん心配は要らんのじゃが、
 念のために次の事務所も探さないかん。
 
 あー、そうですか。
 次の事務所の目途は立ってるんですか?
 
社長:
 いま、三島さんと探しよっての、街中にしようかと考えよる。
 
街中にする理由を語る社長..
 
平たく言えば、社長の見栄と憧れ。
市内中心部に事務所を構えれば、みんなから羨望の眼差しで見られ、
黙っていても仕事が舞い込むようになる..
 
そんな夢物語を聞かされた。
 
何を聞いても「大丈夫」「心配いらない」
でも、根拠は何も示されない。
 
 
事務所移転の話が一通り終わり、やっと解放されると思ったのも束の間。
 
社長:
 話は変わるんじゃが..
 
あー..
 
流れ的には、事務所移転の具体的な打ち合わせ?
それとも、経営が厳しくなる事が予測されるので、
それでも付いて来るか、ここで退職するかの意思確認?
 
そんな話が出るものと思っていた。
 
短い沈黙の後、社長が硬い表情で口を開く。
 
社長:
 実はの....
 ワシと三島さん、付き合いよるんよ。
 
は?
 
何を言い出すかと思ったら..
正直、今更感がハンパない。
 
僕:
 知ってました。
 
三島:
 でしょー!うずらさんは気付いてると思ってたんですよぉ!
 だから言ったじゃないですかぁ。うずらさんは気が付いてるってぇ!
 
社長:
 ほじゃけど、他誰も気が付いてなかったんぞ?
 
楽しそうにじゃれあう二人。
 
僕は一体、何を見せられているんだろう..
 
 
毎朝毎晩、同伴出勤同伴退社。
どこに行くにも、何をするのも、いつも一緒。
目が合えば微笑んだり、アイコンタクトで意思疎通が出来たり..
日々の会話の端々にも、あれ?と思う事が少なくない。
 
疑惑が確信に変わったのは、長期連休明け..
朝礼での、三島さんのスピーチ。
 
三島:
 詳しくは言えませんけど、好きな人と旅行に行きました。
 旅行先で彼に、指輪を買ってもらいました。
 高い物ではありませんが、大切な人から買ってもらった
 初めての指輪なので、私の宝物です。
 
と、横目でチラチラ社長を見ながら嬉しそうに話し、
話の最後には、嬉しそうに指輪を披露していました。
 
スピーチ中、社長は終始うつむいていたけど、うっすら笑みが浮かんでた。
 
これだけの事しておいて、誰も気付かないと思ってたんですか?
まったく..相当おめでたい人たちだな!
 
 
僕を前に、楽しそうに馴れ初めを話すふたり。
 
社長:
 知っての通り、ワシは結婚しとって娘もおるけど、ずっと別居しとっての。
 三島さんがウチにきて、洗濯とかメシとか、色々世話してくれよるんよ。
 
しらんがな。
 
僕:
 奥さんと娘さんがいらっしゃいませんでしたっけ?
 
社長:
 嫁とは、もう冷めきっとって、時間の問題での。
 随分前から別居しとるんじゃがや。
 娘もそろそろ色々分かる歳じゃし、近々話そうかと思っとっての..
 娘が受け入れてくれたら、すぐに離婚しよう思いよる。
 
いや、娘さん高校生でしょ?ナメてません?
 
それもだけど..
 
社長の横で、嬉しそうに うつむく三島さん。
三島さん?不倫ですよ?何考えてるんですか?
 
 
その後も、
 
 いつから気付いてた?
 なんで気が付いた?
 どう思ってた?
 
とか、
どうでも良い事を根掘り葉掘り聞かれ、僕が発する一言一句に
キャッキャと盛り上がる二人。
 
これは..なんの時間なんだろう...
 
なにか重大な話や意思確認があるかと思えば、
よりにもよって、のろけ会見ですか..
 
三島さんも、どうしてこんな人と..
もしかして、社長の躁鬱が放っとけなくて、面倒見てる感じ?
 
まぁ、どうでもいいけど..
 
 
人の恋路の邪魔をする趣味は無いし、ふたりの関係に全く興味はないけど、
娘さんや、奥さんにバレたらどうするんだろ。
家族の気持ちを考えたりしないのだろうか..
 
もしかして、奥さん公認?まさか..ね。
 
社長:
 そういう事よ。
 まぁ、これからもよろしく頼むな。
 
 
なにを??
 
 
気が付けば、1時間近く話していました。
面談が終わり、会議室から出る時に..
 
社長:
 ワシら、これから事務所探しに行って、多分今日は戻らんけん、
 あとの事は頼まい。
 
あーはいはい。
どっちの家か知りませんけど、ふたり仲良くしてくださいね。
 
僕:
 わかりました。
 
 
事務所内は、相変わらず静寂に包まれていました。
 
事務所内で話すのは危険な可能性がある。
広田君を事務所外に誘い出し..
 
広田:
 えらい長かったですけど、何話してたんですか?
 
僕:
 事務所の事と、社長と三島さんの事。
 あれ、なに?
 
広田:
 付き合いよるいうヤツですか。
 そんなん、みんな知っとる!つーの!
 
広田君の時も話題は一緒。
賢明な広田君は、「私たち付き合ってまーす」宣言の時には、
 
 「知りませんでした」
 
と答えたのみで、反応せずにいたらしい。
 
僕:
 え?で、二人の反応は?
 
広田:
 『そうか。まぁそういう事だから、今後とも頼まい。』
 で、あとは、うずらさんを呼ぶように言われただけでした。
 
僕はうっかり、燃料投下してしまった感じか。
失敗したな。
 
 
それにしても..
 
社員にバレてないと思っていたあの二人、本当に相当おめでたい。
そもそも何で、このタイミングでカミングアウトしたのか、分からない。
 
社長が隠したくなくなった?
三島さんが公表したいと言った?
隠しきれないと判断した?
 
わからない..
 
先行き不安しかない。
 
 
 
 
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