真夏の人妻の断髪です。


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「暑い…!エアコンの修理業者はまだかしら…」

 

蝉がうるさく鳴く音により、一層暑さが増すような気がした。ここ数日は記録的な猛暑が続いており、茹だるような暑さが続いていた。


菜々美(ななみ)は背中の真ん中まで伸びたロングヘアを持ち上げて、首にかいた汗をタオルで拭きとった。

7月20日の今日は菜々美が待ちに待ったエアコンの修理日であった。

26歳の菜々美は半年前に2年間付き合った彼氏と結婚したのを期に、新居のアパートに引っ越し、新婚生活を始めていた。

生活家具や家電はなるべく持ち寄ろうというこで、エアコンは夫が古くから使っていたものを新居でも使うことになった。

冬は炬燵や電気ストーブで過ごしていたが、いざ7月に入ってからエアコンを実際に使ってみると、うんともすんとも言わず、まったく動かなかったのだ。

昼も夜も暑い日が続いており、菜々美も夫も夏バテを起こしかけていた。

 

「やっぱり、新しいエアコンを買うべきだったかな…」

 

菜々美はボリュームたっぷりの長い髪をゴムでポニーテールにまとめ、扇風機のスイッチを入れて、涼んだ。

今日までは窓を全開に開け、扇風機でなんとか凌いではいたが、暑さでそろそろ体力が限界を迎えつつあった。

エアコンの修理を依頼したものの、暑くなり始めたこの時期のエアコン業者は多忙であり、ようやく取れた予約が今日であった。しかし、なかなかエアコン業者が来ず、菜々美は暑さにやられていた。

 

その時、

ピンポーンと玄関のチャイムが鳴り響いた。

 

「やっと来た!」

 

待ちに待ったエアコン業者の到着に、菜々美は玄関まで駆け寄り、勢いよくドアを開けた。

 

「こんにちは!エアコンの修理業者の方ですよね!?」

 

あまりの菜々美の勢いに、作業着を着た男は少し戸惑った様子を見せた。


「あ、はい!エアコンのことなら何でもお任せ、修理掃除屋です!」


爽やかな笑顔が好感を持てる業者は、30代くらいの整った顔をした高身長の男であった。

菜々美は業者をリビングに招き入れて、さっそくエアコンの修理に取り掛らせた。

 

「どうですか?早く直せそうですか?」

 

あまりの暑さに限界がきている菜々美は、5分も経たないうちに早々に業者に詰め寄った。

 

「そうですね、部品の破損や配線がショートしていて、新たな部品が必要となるので数日はかかりますね」

 

エアコン内部を見ながら、業者は残念そうに答えた。

 

「えー!そんな~!もう暑くて限界なんですよ。記録的な猛暑が続いているのに扇風機だけでは限界なんです。何とかなりませんか?」

 

「そう言われましても、部品がないと修理できないんですよ」

 

業者は困った顔で、考え込んだ。

 

「もう頭がくらくらするくらい暑くて、倒れそうなんですよ。夕方には夫が帰ってくるので夕飯作らないといけないから、どこかに涼みにも行けないし…」

 

菜々美はふらふらと台所まで歩き、冷蔵庫の麦茶を二人分注いで、業者にも差し出した。

 

「まぁ、どうぞ」

 

「ありがとうございます。暑さ対策として、保冷剤を首に巻くとか、ベランダに水を撒くとか、なるべく薄い服を着るとか、あとは…」

 

業者は言葉を中断して、冷たい麦茶を一気に飲み干した。

 

「あとは、一番有効な方法として髪を切ることですね」

 

「え?髪を切る?」

 

以外な提案に菜々美は驚いて聞き返した。

 

「実は髪が長いと頭皮や地肌に熱がこもりやすくなるんですよ。なので、髪を切ることで暑さは全然違いますよ。嘘みたいに涼しくなります」

 

「あんまり聞いたことないけど…本当?」

 

ポニーテールにした自慢の長い髪を触りながら、菜々美は半信半疑であった。

 

「ええ、本当ですよ。最近は髪を切ってクールビズなんてことが海外で流行っていますよ。アメリカの優秀な教授の研究でも発表しています。奥さんの髪の毛、かなり長いですよね?結んでいますけど、暑くないですか?」

 

「そうですね…結んでいれば気にならないですが、切ったら涼しくなるって聞くと、少しくらい切っちゃおうかな、なんて考えちゃいますね…」

 

妙に説得力のある業者の話し方に、何でも信じ込みやすい菜々美は興味が沸いた。

このとても暑い状況を何とかできるなら、何でもやってみたいと思うくらい、暑さに気持ちが負けていたのだ。

 

「それだけ長いと洗うのも乾かすのも大変じゃないですか?ドライヤー中なんて暑くてしょうがないでしょ?美しいロングヘアですが、ばっさり切ったら、さっぱりして涼しくなりますよ?」

 

ばっさり、さっぱりといった業者の声がやけに頭に響いてくる。

 

「…そうかしら?でも、短くしたことないんです。ずっと伸ばしている自慢の髪で。それに、夫がロングヘアが好きなので、勝手に切ったら怒られちゃいます」

 

菜々美は苦笑いしながら答えた。

 

「この機会に短くするのはどうですか?でないとこの暑さは乗り切れませんよ?それに旦那さんの言いなりになっていたらダメですよ。自分らしく生きないと。あなたの髪なんだから、自分がしたいように、ばっさり切らないと」

 

「ん~そうね…」

 

男の目を見て話を聞いていると、まったく切る気がなかった菜々美であったが、なんだかその気になってきている自分がいることに気が付いた。

 

「良かったら、私が切りましょうか?」

 

「え?エアコンの業者さんが?」

 

「前職は美容師やってたんですよ!道具は車にあったと思うので取ってきますね」

 

「えっ?あの…まだ切るとは…」

 

菜々美の答えを聞く前に、業者は車に荷物を取りに行ってしまった。

 

「どうしよう…確かにこの暑さは耐えられない…髪を切ったら涼しくなるのかな…でもこの長い髪を切るなんて考えられない…」

 

自慢のロングヘアを切ってみようなんて、菜々美は考えたことがなかったが、暑くて寝苦しい夜が続いていて寝不足のため、判断力が鈍っていたのかもしれない。

 

「お待たせしました!」

 

荷物を抱えて帰ってきた業者は、青いビニールシートをリビングに敷くと、その上にダイニングテーブルの椅子を置き、菜々美に座るように指示した。

 

「あの…急すぎてまだ決心が…それに夫に相談しないと…」


菜々美は世間話のつもりで業者と会話しており、いつか機会があれば、切っても良いくらいに考えていた。今すぐ切るなんて全く考えていなかったし、何より夫はロングヘアが好みであり、付き合っていた時から伸ばして欲しいと頼まれていたので、切ってしまったらどう思われるのか怖かった。


「大丈夫ですよ!涼しくなりましょう!とりあえず、座ってください」

 

業者は菜々美の背中を強く押して、椅子に座らせた。まだ決心がついていなかった菜々美であったが、断り切れずに言われるがまま、椅子に座ってしまった。

 

業者は菜々美のポニーテールを持ち上げて、カバンから取り出したケープを首に巻き付けた。

菜々美の体がすっぽりと白いケープで覆われた。


そして、長い髪をまとめているゴムをほどいた。

バサッという音とともに長い髪がケープを覆いつくした。ボリュームたっぷりの黒髪ロングヘアはケープの上で黒い絹のように艶々と輝いている。

 

「奥さん、とても美しい髪ですね」

 

業者が菜々美の髪を櫛でとかしながら、耳元で優しく囁く。

 

「これだけ綺麗に伸ばすのは大変だったでしょう?ボリュームもたっぷりでとても美しい」

 

業者の色っぽい声で自慢の髪を褒められた事に、菜々美は急に恥ずかしくなり、顔を赤らめた。

 

「切ってもいいですよね?」

 

業者は鋏を持ちながら、菜々美の耳元で囁く。

 

「…やっぱりやめませんか?切る勇気がなくて…」


「切ったら涼しくなりますよ?それに、もっと美しくなる。だから、切ってもいいですよね?」


菜々美の髪を触りながら、一歩も引かない業者に菜々美は困惑した。


「それなら…少しだけなら…」

 

やはりずっと伸ばしていた長い髪を切るのは抵抗があった。

 

「少しじゃなくて、バッサリ切ってもいいですよね?」

 

業者は再び菜々美の耳元で囁いた。暑さで頭がぼーっとする菜々美はどうしたら良いか分からなかった。


「いいですよね?」


業者は菜々美の目の前で鋏をチョキチョキ動かして見せた。

 

「……はい」

 

少し間をおいて、菜々美は思わず返事をしてしまった。暑さで判断力が鈍っていたため、もはや正しい判断が出来ず、こうなったら業者の甘い囁きに身を委ねてしまえと思ったのであった。

 

「それじゃあ、言ってください。私のこの長い髪の毛をバッサリと切り落として、さっぱりと涼しくしてくださいって」


「えっ…」


「このままでは、俺が無理やり切ったみたいになるじゃないですか!ちゃんと奥さんの口から言ってください」


「わ、分かりました。私の…この長い髪を、バ、バッサリ切り落として、さっぱりと涼しくしてください…」


菜々美は自分の口から出た恥ずかしい言葉に顔を赤らめながら何とか言い切った。

すると、次の瞬間、顎に冷やりとした感触があったかと思うと、ジョギッっという重い音がリビングに響き渡った。

右横に目をやると、顎のラインで菜々美の長い髪を切り落としていく鋏が見えた。

バサッという音とともに、目の前のケープを長い髪が滑り落ちた。

 

「え!?いきなり…?長さの相談とかは…」


髪型の相談もなく、いきなり長い髪を切られた菜々美は急な出来事に目を丸くして驚いた。

 

「さっぱりさせてあげるから…」

 

業者は菜々美の耳元で意地悪そうに囁くと、さらに鋏を進めた。

 

ジョギ、ジョギ、ジョギ

 

右側の長い髪が顎のラインで切り落とされていく。

 

「あっ…そんな…」

 

大事に伸ばしていたロングヘアを容赦なく鋏が切り落としていく。

 業者はショックを受けている菜々美を無視してどんどん鋏を進めていく。

右側を切り終わるとそのまま後ろの髪をジョギジョギと切り落としていく。


「あっ…」


首筋に鋏の冷たい感触があり、菜々美は思わず声を上げる。

頭を動かそうとするも、業者に力強く頭を押さえつけられ、下を向かされてしまう。

背中を覆い尽くしていた美しい長い髪に鋏が入り、ジョギジョギと音が聞こえる度にバサバサとケープを滑り落ちる音が聞こえる。

ケープや青いビニールシートには大量の長い髪が降り積もっていく。

菜々美はケープから手を出して、目の前に溜まっている髪束を触ってみた。間違いなく先程まで自分の頭から生えていたはずの自慢の長い髪であった。それが今では切り落とされしまい、力なく自分の手の中で垂れていた。


ジョギジョギ、ジョギジョギン


熱い室内のため、菜々美の汗をかいた首筋には短くなった細かい髪の毛がへばりついていた。

後ろの髪はボリュームが多く、切るのが大変らしく、何度も鋏を入れる。


鋏が首筋に当たる感触とジョギン、ジョギン、ジョギンという音が何度も繰り返される。どんどん頭が軽くなっていく。

 

隠れていた首が露出してたことで、籠っていた熱が放出され、何だか涼しく感じた。

 

「あんなに綺麗なロングヘアだったのに、短くなっちゃったね。首が丸見えですよ?」


後ろの髪を切り落とした業者は、そのまま止まることなく、左側の髪を右側と同じく顎のラインで切り落とし、ようやく鋏を置いた。


「そんな…」


菜々美はケープから手を出して、頭を触る。

上から頭を撫でるとサラサラとした感触は顎くらいまでしかない。後ろに手を当てると首を隠していた長い髪がなく、そのまま首に手が当たる。

 自慢のロングヘアはどこにもなく、顎のラインで残ばらに切られた不揃いのおかっぱになってしまった。


「い、いきなりこんなにバッサリ切るなんて…酷いじゃないですか!夫に何て言われるか…」


「あなたがバッサリ切ってくださいって言ったんですよ?それに、ほら、涼しく感じませんか?」


「…そう言えば…涼しいかも…」


髪が短くなったことで、長い髪に覆われていた部分がなくなり、涼しくなったような気がした。


「綺麗なうなじが素敵ですよ!でも、まだこんなもんじゃ猛暑は乗り切れません。ここからもっと短くしますからね」


「えっ?まだ短くするんですか?」


業者は鞄からバリカンを取り出した。


「奥さん、髪の毛のボリュームが多いので、これですっきりさせてあげますよ」


ヴィィィィィィィン


「ちょっ、ちょっと待って!何それ!?」


菜々美がバリカンの音に反応した瞬間には、既にバリカンは菜々美の襟足に潜り込んでいた。


ヴィィィィィィィンジョリジョリジョリ


「えっ!?あっ!?」


生温かいような感触が襟足に入って来たことで、初めての感触に菜々美は動揺した。

驚いて頭を動かそうとするも業者の手で力強く押さえつけられてしまった。


不安そうな菜々美を無視して、業者は容赦なくバリカンで菜々美の襟足を上の方まで刈り上げていく。


(…これってバリカン…?嘘でしょ…私…刈り上げられてるの…?)


ヴィィィィィィィン、ヴィンヴィンヴィン

ジョリジョリジョリザザザザー


バリカンは頭の真ん中くらいまで菜々美の髪を刈り上げていく。

バサバサと短くなった髪が大量に汗ばんだ菜々美の首やケープに降り積もる。


「いや…もうやめてください…」


容赦なくバリカンを入れられて、不安を覚えた菜々美は泣きそうな声で言葉を発するが、バリカンの音にかき消されて業者には届かなかった。


菜々美の後ろの髪を根本から切り落とし、見事に刈り上げる終わると、業者は横側に移動した。

そして、業者は菜々美の横の髪をかき上げると、もみあげから一気にバリカンを入れた。


ヴィィィィィィィンジョリジョリジョリ


先程よりも音が大きく聞こえる。


バリカンが通った後は数ミリに刈り上げられ、バサバサとケープに髪が積もっていく。

業者は耳の周りにも執拗にバリカンを入れてくり抜くように刈り上げた。


「耳は出した方が涼しいですよ。さっぱりと刈り上げてますからね」


(こんなに短くされちゃうなんて…恥ずかしい…)


ひたすらバリカンを何度も何度も入れられて、もはや菜々美はされるがままに刈り上げられるしかなかった。


ヴィンヴィンヴィンヴィィィィィィン!


「あっ…あっ…」


何度もバリカンを入れられた菜々美は、今まで感じたことのないバリカンの振動にビクンビクンと反応していた。


右側をすっきり刈り上げると、業者は菜々美の左側も同じように耳が出るようにすっきりと刈り上げてしまった。


ようやくバリカンの音が止まり、菜々美はホッしたのも束の間、業者は櫛と鋏で菜々美の髪を整え出した。


「まだまだ終わりませんよ。もっともっと短くしますからね」


長い前髪を櫛で持ち上げられたかと思うと、根本近くから鋏が入った。

バサバサと髪が落ちてきて、視界が明るくなる。

前髪はおでこが丸出しくらいの長さになってしまったが、鏡がないため菜々美は気がついていない。

そのまま業者は菜々美のトップの髪を櫛ですくって持ち上げ、数センチの長さで鋏を入れていく。


ジョキジョキ、ジョキジョキ


鋏の音がする度に頭から髪の毛が降ってくる。

数センチに切られているトップは切った後はツンツンと立ち上がってしまっていた。


(私…どれだけ短くされちゃってるの…?)


業者はトップに何度も鋏を入れた後に、後ろや横の髪を刈り上げと馴染むように調整していく。

ある程度長さを調整すると、すき鋏に持ち替えて、ザクザクと軽くしていく。


細かい髪が菜々美の顔や露出した耳や首に付着している。


「よし、終わりましたよ!さっぱりしましたね!夏を越せるように、うんと短くしておきました。奥さんは美人だから、短い髪型もよく似合っていますね」


ケープを外すと大量の黒髪がビニールシートに落ちた。

ビニールシートは切り落とされた大量の長い髪や短い髪が散乱しており、、黒い海のように黒髪が埋め尽くしていた。


(これ全部…私の髪…)


菜々美は急いで洗面所に向かい、鏡で自分の姿を確認した。


「嘘…何この髪型…」


今日の朝は背中が隠れる程のロングヘアだったはずが、今では首も耳もすっきり露出した刈り上げベリーショートになってしまっていた。

後ろと横は地肌がうっすら見えるくらいまで刈り上げられており、トップもうんと短くツンツンとしている。前髪もかなり短く、おでこは丸出しになっており、まるでスポーツ少女の様であった。

頭のどこを触ってもロングヘアのサラサラした感触はどこにもなく、チクチクまたはジョリジョしている。


「ひどい…」


あまりの変わり果てた自分の姿に、菜々美は洗面所に崩れ落ちた。


「さっぱりしましたね!お似合いですよ!とても色っぽくて良いですね」


業者が洗面所に入って来て、爽やかな笑顔で菜々美に話しかけた。


「短くし過ぎです…私の長い髪が…こんな頭になるなんて…」


「切ってくださいって言ったのは奥さんですよ?さっぱりして良かったじゃないですか!ほら、涼しいでしょ?」


業者は悪びれる素振りもなく、菜々美の刈り上げをジョリジョリと撫でた。


「そう言えば…暑くないかも…」


先程までどうしようもなく暑くて仕方なかったはずが、長い髪を切ってからは涼しく感じている自分がいた。


「髪を切るだけで、こんなに違うなんて…」


自慢のロングヘアを男顔負けのベリーショートにされてショックであったが、暑さから解放され、涼しく感じている事に菜々美は驚いていた。

涼しいどころか寒いくらいだ。


「ね!だから言ったでしょ?髪を切らなかったら暑さで倒れていましたよ?俺は意地悪で切った訳ではないんですよ?」


「…は、はい。責めるような事を言ってしまいすいませんでした…。短くしたことがなかったので、あまりの短さに驚いてしまい…」


「刈り上げは涼しいですからね!先程までロングヘアだったとは考えられないくらい短いですが、似合っていますよ。とても色っぽい」


耳元で囁かれ、菜々美は照れ臭くなる。


「では、私はこれで。エアコンの部品が届いたらまたご連絡しますので。リビングの片付けはお願いしますね。また、伸びた頃に来ますから!バリカンを持ってね…」


「はい、あ、ありがとうございました…」


業者は達成感に満ち溢れた顔で帰って行った。


(勢いに任せて髪を切ってしまい、こんな頭になってしまった…夫に怒られそうだな…)


長い髪を容赦なく切られて、ベリーショートにされたことはショックではあったが、茹だる様な暑さから解放され、清々しい気分であった菜々美は業者を責める気にはなれなかった。

むしろバリカンの振動が堪らなく気持ち良く、忘れられなくなっていた。


「髪を切っただけでこんなに涼しくなるなんて…」


切られた大量の髪を片付けながら、菜々美は驚いていた。

業者の残していったビニールシートの上には大量の長い髪や短い髪が散らばっている。


「これがさっきまでは私の頭に生えていたのに…」


菜々美は刈り上げられた部分を触ってみた。

ジョリジョリとして何だか気持ちがいい。


「主人はなんて言うかしら…」


夫の反応に怯えつつ、大量の髪の毛をゴミ袋に入れて、ビニールシートを片付けた。

そして夕飯の準備を進めた。


その30分後、


「ただいま〜」


玄関のドアが開き、菜々美の夫が帰って来た。


「お、おかえり…!」


菜々美は恐る恐る出迎えた。


「えっ!?菜々美!?お前…どうしたんだよその頭!」


思った通りの反応であった。


「長い髪は…?えっ?何で?どうして?」


菜々美の夫は口をポカンと開けて、驚いていた。

無理もないだろう。朝は背中を覆い尽くしていた綺麗な妻の自慢の長い髪が、今では耳も首も丸出しになるくらいに短く刈り込まれているのだから。


「ごめんなさい!あなたがロングヘアを好きなのは知っていたけど、暑さに耐え切れずにバッサリと切っちゃったの…」


「それにしても…短く切り過ぎだろ…男みたいになっちゃってさ…」


夫は非常にガッカリそうな表情でため息をついた。


「しょうがないでしょ…エアコン業者さんがエアコンは直らないって言うんだから…」


明らかな夫の冷たい対応に、分かってはいたが菜々美は悲しくなった。


「え?エアコン業者の人ならもうすぐ来るぞ?アパート前に車があって、話しかけたら準備でき次第行きますって…」


「えっ!?嘘!?だって1時間前くらいに来て直らないって…」


「どこの業者だ?俺が頼んだのはアパート前にいる業者だぞ?それに、この部屋は何だか涼しいぞ?」


夫はリビングにあるエアコンに駆け寄り、状態を確認した。


「おい、エアコン動いているじゃないか!だから涼しかったのか」


「うそ…直らないって言われて…だから大事な髪だったけどバッサリ切ったのに…涼しいのはエアコンが動いていたからなの?」


菜々美は訳が分からなくなり、この事実に衝撃を受けた。


私が髪を切った意味は…?騙された?

自慢のロングヘアを…こんな刈り上げられて…

部活少女みたいにされたのは何だったの…?

あの業者は一体…?断髪詐欺師?


菜々美は刈り上げられた後頭部を触りながら、失った髪を嘆き、人生で一番の後悔を体験したのであった。



終わり