川越style「第2回描く詩人の会」三番町ギャラリー2015年9月5日、6日 | 「小江戸川越STYLE」

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川越の現場で様々なまちづくり活動にも従事しています。
「小江戸川越STYLE」代表:石川真

昨年、その展覧会に足を踏み入れた時は、

ぱっと見ただけではそれが意味する本当の魅力までは気付かなかった。

展覧会後に、改めて主宰する木谷さんにじっくり話しを伺う機会をもらい、

そこで、「これは画期的な作品だ」と実感するに至った。

 

 

(2014年第一回描く詩人の会 展覧会より)

画期的な作品というか、画期的な制作の工程で、

また、見る者の観賞の仕方も今までの美術とはまるで違う新しいものだった。

観賞者は気になる絵があったらその絵をじっと見つめ、

作者が選んだ色や線をじっくり噛み締めるように読解しながら味わい、

そしてどうして自分はこの絵に惹かれたのか、自分との対話を深める。

という工程で楽しむ美術は、斬新でありながらすっと気持ちよいものでもある。

 

もちろん、細かいことを気にせず、絵を直感的に楽しむことで十分だと思いますが、

 

しかし、この展覧会は知れば知るほど自分の心も深く掘っていくような感覚になるので、

本当なら、描く手法の詳しい話しや描いた本人の気持ちや経緯を

一人一人にインタビューして聴きながら見るのが楽しい。

そういう意味で、この記事で詳しく説明するので解説としては打ってつけです。

自分を徹底的に掘り進める、それが結果的に人と繋がることのわくわく感。

こういう制作を医療や心理の分野ではなく、

美術家からのアプローチで行っていることがまた面白いと思った。

いや、美術家の視点だからこそ、参加する人も見る人も楽しめて、

両者を結びつけるという発想が生まれるのかもしれません。

 

描く詩人の会、会を主宰するアーティストの木谷アンケンさんは、

 

自身の制作の傍ら、アートワークショップなどを通してこれまでさまざまなことにチャレンジし、

アートの可能性を広げてきた。

実は川越に馴染みのあるアーティストで、

一番街で毎月第1土曜日に行われていたイベント、宵の市の時に店先に下げられる行灯。

川越style

 


伊勢型紙を拡大コピーしてからトレースして、それを縮小して行灯の模様にする、
小学生が取り組んだワークショップの講師も木谷さんが努めました。

 

この行灯のデザインは、
2014年10月30日(木)~11月3日(月・祝)“時の鐘と蔵のまち”本川越駅を起点に、
川越一番街商店街を中心としたエリアにおいて
「食と音と灯りの融合 Kawagoe REMIX(カワゴエリミックス)」を開催された際、

西武新宿線で走った特別電車の窓にも貼られていました。

 

川越の名細にある「なぐわし公園PiKOA」のハートの壁画を描いたのも木谷さんです。


また、川越都市景観シンポジウム2013において、

 

「川越百景を楽しむ」というテーマのパネルディスカッションにも登場していた。

 

描く詩人の会の第一回の展覧会が開催されたのは2014年10月のこと。

 

そこでまた新たな可能性を提示し、あれから一年、

描く詩人の会の活動はさらに広がり、描く詩人たちの作品も深化し、

より自分を深め、自分を知り、自分に驚き、一つ一つの作品を制作してきた。

その過程と結果、一年の集大成をまたここに提示します。

あれからのメンバーはテーマにどう向き合い、どう考え、悩み、

自分の中から自分の色や線や言葉を導いて描いたのか。

描く詩人たちの考え、苦悩、発見、驚き、そのさらけ出された作品を観賞します。

 

2015年9月5日(土)、6日(日)二日間に渡って開催された

 

「第2回描く詩人の会展覧会」。

展覧会の場所となったのは、昨年に引き続き、

川越駅からアトレ丸広とmodiに挟まれた通りを川越街道に向かって進み、

クラッセ川越の向かいにあるギャラリー、「三番町ギャラリー」です。


 

 


 

 

今回出品している会のメンバーは、関東各地から総勢8人。
ギャラリーにも駆け付けて、絵を間に挟んで来場者との交流を深めていました。

会場を見渡すと、前回の展覧会よりも作品数が増えて、見応えのある内容となっていました。

展示されている作品を見ると、絵が描いてあってその上に言葉が添えられている。

一瞬見ただけでは、絵手紙に見えるかも??

2014年4月から会を主宰している木谷さんが毎回テーマを発表し、

それについて描く詩人たちが作品を制作しています。

今回の展覧会では、第一回目以降のテーマの作品が展示されていました。

 

2014年12月「意見を言う」

 

2015年1月「風景や静物を描く」

3月「横軸と縦軸」

5月「地を描いて図を描く」

6月「その人の雰囲気を描く」

8月「思い浮かばせ描きとめる」

 

これらのテーマを見て、昨年の展覧会のテーマと比べ、

 

より複雑というか哲学的になったように思います。

昨年は「区切る/区切らない」「できること」「ありがとう」など

シンプルな言葉のテーマが多かったですが、

今回のテーマは、メンバーたちが頭を悩ませる姿が目に浮かぶよう。

「今回は分かり易過ぎず、比較的難しいテーマを設定した」と話す木谷さん。

描いたメンバーによると、

スムーズに描けたテーマもあったし、悩みに悩んで時間がかかったテーマもあったそう。

「描き出したら早いんですが、描き出すまでがいろいろ考えて時間がかかる」。

 

描く方も大変ですが、実は毎回のテーマをどうするか考える木谷さんも頭を悩ませて決めていた。

 

特に最後の三つ、

「地を描いて図を描く」

「その人の雰囲気を描く」

「思い浮かばせ描きとめる」

の時は、それぞれが自分でテーマを設定して描いていけるようになって欲しいと

想いを込めたテーマにしたかったと振り返る。

 

「意見を言う」で描く?一体どういう事?と不思議に思うのが一般的な反応かもしれません。

 

木谷さんの描く詩のそもそもまず新しいのは、作品を作るその手法。
「描く詩」とは、

描いた絵を写真におさめて、アプリで文字を入れて完成させるもので、

このような工程で作られる絵も珍しい。

二つ同じ絵が並んでいる展示は、

一つが原画で、もう一つが原画をスマホなどで撮影し、文字を入れ込んでいるもの。

2014年7月のテーマから、絵だけでなく文字を入れるようになって、
絵を描いた時の気持ちをそこに入れ込むようにしています。
自分の心を裸にして描きながら、

いろんな気持ちが浮かんだり、動いたりした中で生まれた

たくさんの文章の中からピックアップした言葉たち、言霊たち。
手書きの文字ではなく、

Photoshopやスマホのアプリで入れることによりクオリティを高め、
今まで見たことないような手法は、「21世紀の絵手紙」と語る木谷さん。

 

そして、斬新なのがその描き方です。

 

そこにあるのは、「人に見せようとする」意識で作品を描くのではなく、、
「自分」に寄り添い、普段抑えている「自分」を開放し、

「自分」を深めて浮かび上がってきたものを描き留める。
描く詩人の会のメンバーは、アーティストが集まった会ではなく、一般の人たちの集まり。

それぞれが木谷さんから出されたテーマに対し、自分と純粋に向き合い、作品を制作しています。

 

世の中では、自分のことは自分が一番知ってる、自分の中に答えはある、
心についていろんな言われ方をしますが、

 

「心の中のことを見つめるのはそんなに簡単なことではない」と話す木谷さん。

木谷さんから会の人にテーマが出されると、

そのテーマを意識しながら自分の中の色と形を引っ張り出して描きます。




 

例えばシンプルな、「冷たい人」というテーマを設定するとしたら、

 

冷たい人、と聞くといかにも冷たく寒い色を選びがちですが、

意外にも暖色を使って表現している自分が出てきたり、

ある箇所は鋭敏に描くけれど、ある箇所は柔らかく描いていたりする、

この色をここに使った、こんな割合で使った、

瞬間的にネガティブにとらえてしまう言葉も、じっくり向き合うと本当はそうでもなく・・・と、

なんでそんな自分がいるのか、自分を知るきっかけになっていったりする。

また、同じテーマを描いても、時期が違えば心理状態が変わって違う絵が出てくるだろうし、

その時の絵はその時だけのもの。

「意外にも私はこういうのが好きだったんだ」、
「苦手と思っていたけど、もしかしたら私はこういうの大丈夫なのかも??」など、

鏡のようにして向き合うことができる。
木谷さんの手法は、まさに自分の心を鏡で覗きこむような行為です。

だから描いた本人たちも、「ああ、実はそうだったんた」と

出てきた絵に自分でハッと驚くことが多々あったと振り返っていました。

でも驚いても、「やっぱり納得」と感じるものだったという。

皆さんが口々に振り返っていたのが、

「この手法で絵を描くと気持ちが楽になる」ということ。

趣味などでストレスを発散しようとするのとは違う、自分を知ることで気持ちが楽になっていく行為。


 

 

 

昨年の展覧会、2014年5月のテーマは、「区切る区切らない」だった。
区切るという言葉から絵を描くと、
色や線を区切ろうとすると実は嫌な感覚になって、

 

『本当は自分は区切るのが好きではなかったんだ』
と知らなかった自分の一面に出会ったり、
かと思えば、
『区切るの苦手だと思っていたけれど、ザクっと区切ってみたら凄く気持ち良かった。

私は区切るの得意かも』と自分を発見する人もいる。
言葉で思っていたことと、絵にして発見した自分のギャップに出会うことがたびたびあった。

 

これは言うほど簡単な制作ではない。

 

絵を描こうとすると、どうしたって人の目を意識してどうしても上手く描こうとしてしまうし、

いい自分を見せようとしてしまう、こんなネガティブな自分を見せたくない、出したくないと思うもの。

その表層の意識を捨てて自分の殻を破り捨てて、

心の奥底にある自分を引っ張り出してくる。

思いもしなかったものが出てきてしまうかもしれないし、それは出てくるまで分からない。

例えば人にあなたはこうですよ、と占われるのではなく、

自分の力で自分を掘って自分を見つけるということ。

これは、アートの素養があるなしを前提とせず、

もっと言うと絵を描くのが好き嫌いという嗜好も必要とせず、

誰でも描く事ができ、それぞれが自分をさらけ出したものを作品とする。

絵を描くという言い方では、この手法は伝わりにくいかもしれません。

自分と向き合い、裸の自分を引っ張り出す手法を、絵を通して行うというものです。

 

そして今年のテーマにいくつか切り込んでいきます。

 

「意見を言う」というテーマに対しては、

メンバーの一人は、

「『意見を言う』の『意見』を考える前に、自分の意見に自信が持てなくて、

湧いてきた気持ちがだんだん考えになってきたものを描いてみました」

と話す。

赤で意見を表現しつつもどこか控え目で、黄色で中和するような自分を引っ張り出してきた。

それを傍らで聴いていた木谷さんが、

「意見を言うって普段の生活の中で難しいと思ってる人が多いと思うんです。

だから、意見を言うってどういうことなのかトライしてみようと思った」と語る。

描いていくことで、

自信のない自分に気付いたり、

自分が思っていた以上に強気の自分が出てきたり、それは人それぞれ。

一見、「意見を言う」を絵で描くのは難しいのでは?と思われる方は多いと思いますが、

リアルの世界で言葉で言うよりも、絵で描く方が簡単で、しかも本質が出てくる、というのが描く詩。

そこに面白さがあるんです。

『意見』というのを丸く描く人もいれば、鋭角な線で表現する人もいる、

温かみのある色を選ぶ人もいれば、寒色で塗りつぶす人もいる。

この人は心の奥底ではそう思ってたんだ、

なんだか覗き見てしまったようなちょっとした罪悪感のようなものもありつつ、

しかし深い部分で共感できる気持ちよさがある。

意見を青い線として表出させ、

「伝えようという

気持ちになれたら、

それはもう上手くいっている」

などの言葉を自分から引き出した。

真っ直ぐな線だけでなく、迷っているようなぐるぐる巻きであったり、円もあって、

いろんな気持ちが渦巻いているのが伝わる。

そして、大きなオレンジが意見を受け止めていました。

こういう作品を作者本人と見つめるというのも貴重で、

作者も自分から出たものを客観的に解説し、

絵を挟んでお互いに絵からいろんなものを導こうと探る作業が

深いコミュニケーションのようで楽しい。

 

「風景や静物を描く」。

 

これまで抽象的なテーマが多かったので、具象的なものも描いてみましょうという設定。

しかしこれも考えようによっては難しいテーマです。

単に綺麗な風景を描くのではなく、

そもそも自分にとっての風景とは何か?静物とは?というところから始める。

思い出の風景かもしれないし、思い出したくない風景かもしれない、

その時に自分で掴み取った自分の風景を表に出す作業をメンバーは行った。

 

「横軸と縦軸」というテーマ設定は、

 

自分の考えはこういうもの、と横軸の幅だけで考えるのではなく、

狭い幅でどうしようと悩みこむのではなく、

解決の糸口は意外なところにあったりする、

横だけでなく縦軸を改めて意識させ、発想の転換を促そうというものだった。

 

「その人の雰囲気を描く」。

 

これは単刀直入で、恐いテーマでもあります。

まず誰を描くのか?その人をどう描くのか?

それを写実的に描くのとは違い、

どの色で表すのかというところで、その人をどう見ているか判断できてしまったりする。

好意的に思っていたはずなのに描いてみたらこんな色と線が出てきてしまった、

もちろんその反対もあるし、思いも寄らない自分と出会う。

あの人のことを意外ににもこんな色でこんなにも塗っている自分がいる、

それは一体どういうことなのか、後から客観的に見つめる工程で自分を知ります。

 

こうして、それぞれのテーマをメンバーは悩みながら自分を出していきました。

 











 

描く詩人の会展覧会、開催場所として今回も選ばれた三番町ギャラリー、

 

川越開催には木谷さんの特別な思いと因縁がありました。

2008年に三番町ギャラリーで展覧会を開き、

木谷さんの優しい雰囲気の少女の絵は話題を呼び、 その後マイアミのコンクールに行き、

それをきっかけにしてニューヨークのギャラリーに油絵を5枚、ドローイングを4枚、

他に10枚くらい買われた経緯があった。
「三番町ギャラリーは自分にとって縁起がいいんです」
今では少女の絵が木谷さんを代表する作品になっている。


地元に近いということもあり、地域の人に応援されてこそだとの思いから、川越で開催することに決めた。

(木谷さんの作品から)


木谷さんは石川県出身。金沢美術工芸大を卒業後、石川県の高校の美術の先生になった。
高校を辞めてデザイナーとして地元で活動したのち、東京に上京しようと決意する。
埼玉県の行田の高校で講師として教鞭を取りつつ、自身の制作活動にも打ち込んでいました。
美術の先生として越生高校に赴任され、その後芸術総合高校で教えていました。
生徒に指導しながらも、

ふつふつとある思いが沸き上がり大きくなっていくことを感じていた。

「芸大入れないと悩む子には、努力すれば入れるんだからと励ましてきた。

毎年卒業生を見送っているうちに、自分もさらに勝負したいと思うようになった」

受験し受かった東京藝術大学大学院。
高校を2年間休職して通っていた。46歳のことでした。
木谷さんの学ぶ意欲が凄いです。
そこを卒業したのち、現在も川口短大で教えています。

 

ワークショップを通して街との関わり多いのは、

 

1997年、ワークショップの老舗的な存在であるMuseCompany主宰の

ワークショップ養成講座に参加したことが、その後の木谷さんに強い影響を与えた。
障害を持つ方とダンスを踊るというもので、月に2回ダンスワークショップがあり、

それ以外の単発も含めると、年間50くらいワークショップに参加していたんだそう。
一年間の最後には、自分でワークショップをプログラムし、実際にやってみるというものだった。
「その時の経験から、ワークショップが身近になって、
作家として自分の作品作るだけではなくて、

多くの人と関わるようなものをしたい」と思うようになっていった。

 

描く詩人の会の発足に関しては、
「絵を描いたことない人が、絵を描くこと、文字を書くことによる

 

自己成長をどういう風にプログラミングできるか考え、できたのが今の描く詩人の会の形です」

 

専門的なスキルがなくても、制作によって自分と向き合える、新たな自分を発見する、

 

そのための手法がこれなのだと話します。
いい作品を作りたいという動機ではなく、
自分を知る、成長したいというのが根底にあるので、

美術教育を受けている受けていないは全く関係ない。学校の発想とは違うものです。



 

例えば「ありがとう」というテーマには、

 

人に見せることを意識したありがとうや、上手に描いて人に見せようとするのではなく、
ありがとうと言う自分を見て、ではなく、

心の底にあるありがとうを表に引っ張り出す。
ひたすら自分にだけ向き合った「ありがとう」、
それが結果的に人に訴えかけ得るものなんだ、と木谷さんは話します。
自分の深い部分を引っ張り出す、これは画期的で面白い試みですが、

いいものが出てくる保障はないし、知りたくなかった自分と出会ってしまうことでもある。
言葉ではポジティブなことを口にしていても、
絵にして潜在意識を表に出してみると、

思っていたほどポジティブにとらえていない自分を知ってしまうこともある。
「自分は本当はこう思ってたんだ」

出てきたものに驚くこともあるし、

そこに、人と衝突しないでうまくやっていくよう、

日常生活がいかにバリアを張って過ごしているか気づくこともある。


 

バリアを破った先にある自分、そこに触れることが考えるきっかけになり、

 

今後の指針に繋がるかもしれない。
セラピーとしてこうしたらいいと導くというより、こういう自分がいたんだ、と

「気づくたけでも有効なんじゃないか」と木谷さんは考える。

そうして描かれた絵は、結果的に人に訴えかけるものを内包し、

会場をゆっくり見て回っていた人が、ある絵の前で立ち止まった。

「なんだろう、この絵に惹かれる」

その絵の色合いなのかもしれないし、線の具合なのかもしれない、

言葉に引っかかったかもしれないし、その全部かもしれない。

「この人はこのテーマに対して、こういう色を選んだんだな、

こういう線で表現したんだな」と、相手の心を知ろうとする。

一人が自身の心を深く掘り進めるという難作業をしていった結果、

絵は誰かの心の琴線に触れ、共感されるものになっていく。

同じ体験でなくても、同じような追体験を呼び起こすような作用をしていた。

観賞する方も、他の美術鑑賞とは違うエネルギーが必要ですが、

相手と深く繋がれることにもなり、心の底で結びつく感覚になります。
潜在意識はみんな繋がっている、と言われることもありますが、

それを実感できるようでした。

その日の心理状態でその日はその絵に惹かれた、

その日だけの共感だったのかもしれないけれど、

でも確実にその時、描いた者と観る者の心が深く繋がった。

一瞬だけれど、心の奥底からの繋がりが生まれていた。


普段の生活だと、年代や性別など社会的な環境を「意識」しながらの共感であったりしますが、
そういう要素を外して、純粋に相手の心を観て、いいなと思った共感は、
その人と深く繋がるような体験でした。
木谷さんは、

「言葉で言える共感ではなく、言葉で表現できないから共感で、より深い共感なんです」
と話します。

 

絵の良し悪しではなく、その人の裸の心を読み解く、共感する楽しさを味わうものなんです。

 

描く手法も斬新ですが、観賞の仕方も今までのアートの観賞とは違うもの。

「人に見せることを前提とせず、ひたすら自分と向き合う。

純粋に向き合ったものを結果として人に見せる。そこが面白いんです」

と語る木谷さん。
心に興味ある方ほど、この描く行為と観る行為を面白いと思ってもらえるのではないでしょうか。

人の心を広くて複雑で深い。
例えば、◯◯というミュージシャンが好きで、
それを表そうと「言葉」で表現しても結局は心の一部を表しているだけで、
言葉で言えない広くて深い魅力があるから魅かれるものなのかもしれません。
その心の宇宙を引っ張り出してくる手法が、描く詩。

8人による苦心作、今回も刺激的な展覧会でした。

 

木谷さんの今後の活動は、

 

2015年11月14日(土)、15日(日)に川越織物市場で開催される

「川越織物市場アートクラフト手づくり市」にアーティストとして出店します。

(アートクラフト手づくり市2014より http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11953890056.html

二日間、たくさんの素敵な出店者が出会えるイベントは、

実は木谷さんも以前から関わっているイベントなのです。

アートクラフト手づくり市に合わせて、

織物市場がある蓮馨寺前の立門前通りの両側には、イベント開催までの期間、

アートフラッグが掲げられて期待感を高めていきます。

子どもたちが描いて制作するフラッグは、

出店者の紹介であったり、微笑ましい作品がずらりと通りを賑やかにする。

 

 

いつもアートクラフト手づくり市開催前に、川越市立美術館でアートフラッグワークショップを開催し、

たくさんの子どもたちが参加しているのですが、

そのワークショップの講師を務めているのが木谷さんでもあります。

今年のアートフラッグワークショップの募集も始まっているので、

興味ありましたらぜひどうぞ。作ったものはこうして通りにイベントの日まで掲げられます。

★アートフラッグWSも9月1日より、募集開始します。 
「ミュージアムロードを彩るアートフラッグをつくろう」
子どもたちとアーティストがいっしょにアートフラッグをつくります
日時:平成27年10月4日(日)
第1回 9:30~12:00 第2回 14:00~16:30 
人数:各25名(小・中・高生)
会場:川越市立美術館 創作棟
川越市郭町2丁目30-1 TEL:049-228-8080 FAX:049-228-7870
参加費:無料 見学自由です
講師:木谷安憲(美術家)

 

木谷さんは、今年のアートクラフト手づくり市には、出店者として参加するそうで、

 

あの少女の絵の作品のポストカードなどを出品するそう。

また、絵本の出版も控えています。

描く詩人の会展覧会、今後の活動も楽しみにしています。


 

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