2014年11月15日、16日に行われたアートクラフト手づくり市。
これに合わせて蓮馨寺前の立門前通りには、
イベント開催までアートフラッグが掲げられて期待感を高めていました。
●ワークショップ ミュージアムロードを彩るアートフラッグをつくろう!
「子どもたちとアーティストがいっしょにアートフラッグをつくります」
子どもたちによるアートフラッグ制作のワークショップが行われたのが、
2014年10月川越市立美術館でした。
講師を努めたのが、美術家の木谷アンケンさん。
木谷さんは毎年このアートフラッグの講師を努めています。
さらに、一番街で毎月第1土曜日に行われるイベント、宵の市の時に店先に下げられる行灯。
伊勢型紙を拡大コピーしてからトレースして、それを縮小して行灯の模様にする、
小学生が取り組んだワークショップの講師も木谷さんが努めました。
今でもこの行灯は、宵の市の時に使われ続けます。
この行灯の模様は、
2014年10月30日(木)~11月3日(月・祝)“時の鐘と蔵のまち”本川越駅を起点に、
川越一番街商店街を中心としたエリアにおいて
「食と音と灯りの融合 Kawagoe REMIX(カワゴエリミックス)」を開催された際、
西武新宿線で走った特別電車の窓にも貼られていました。
名細にあるなぐわし公園PiKOAのハートの壁画を描いたのも木谷さんです。
木谷さんは、川越と繋がりの深い美術家。
昨年、川越都市景観シンポジウム2013において、
「川越百景を楽しむ」というテーマのパネルディスカッションにも登場していました。
アートワークショップなどを通して、
これまでさまざまなことにチャレンジし、アートの可能性を広げてきた木谷さん。
自身が主宰する会の展覧会が先月開催され、ここにまた新たな可能性を提示していました。
「描く詩人の会」。
メンバーは埼玉のみならず各地から総勢26人いて、
その中で13人の方がこの時出品し展示していました。
展覧会の場所となったのは、
川越駅からアトレとmodiに挟まれた通りを川越街道に向かって進み、
クラッセ川越の向かいにあるギャラリー、三番町ギャラリーです。
質の高い展示は毎回話題を呼び、
このギャラリーから発信されたものが、川越のカルチャーとして浸透していったものは数知れず。
木谷さんの展覧会もここで行われたことがあります。
会場に入ると、13人ほどによる作品が壁という壁に展示されています。
まず新しいのは、作品を作るその手法。
「描く詩」とは、描いた絵を写真におさめて、アプリで文字を入れて完成させるもののことで、
このような工程で作る絵はあまり見られない。
そして、最も斬新なのが、その描き方です。
そこにあったのは、「人に見せようとする」意識で作品を描くのではなく、、
「自分」に寄り添い、「自分」を深めた結果が並んでいる。
描く詩人の会のメンバーは、アーティストが集まった会ではなく、一般の人たちの集まり。
それぞれが自分と純粋に向き合い、表に出てきたものを作品とする手法です。
アートの素養があるなしを前提とせず、あるいは絵を描くのが好き嫌いという物差しも必要とせず、
誰でも描く事ができ、それぞれが自分をさらけ出したものを作品とする。
ただ、これは言うほど簡単な制作ではない。
絵を描こうとすると、人の目を意識してどうしても上手く描こうとしてしまう。
その意識を捨て、自分の殻を破り捨てて、心の奥底にある自分を引っ張り出してくる。
思いもしなかったものが出てきてしまうかもしれないし、それはどきどきな瞬間。
絵を描くという言い方では、この手法は伝わりにくいかもしれません。
自分と向き合い、裸の自分を引っ張り出す手法を、絵を通して行うというものです。
「あなたとわたし
自由気ままに行ったり
来たり
変幻自在の形のなかで
自由気ままに行ったり
来たり」
「見上げるとカベ
よじのぼればヘイ
てっぺんからは
どっちのまちもよく見える」
「初めて聞いたよ、その言葉。
『あんた達、子供を産んで良かった・・・って
そう思っているよ』
なんだろう?・・・あったかい。どんどん力が湧いてくる
多分・・・ずっと、ずぅーっと待っていたんだ
私、産まれてきて良かったんだね・・・?
あなたから受け取った愛を、私も繋いでいきます
心を込めて・・・。」
世の中では、自分のことは自分が一番知ってる、自分の中に答えはある、
心についていろんな言われ方をしますが、
「心の中のことを見つめるのはそんなに簡単なことではない」と話す木谷さん。
木谷さんから毎月会の人にテーマが出され、
そのテーマを意識しながら自分の中の色と形を引っ張り出して描きます。
例えば、「冷たい人」というテーマを設定するとしたら、
ある人はこんな冷たい人、別の人はこんな冷たい人と定義して、みんなでそれぞれの考えを出しあう。
他の人の考えを知ることで、自分は当たり前だと思っていたことが、
他の人はそう考えるんだ、と知ることが勉強になる。
冷たい人、と聞くといかにも冷たく寒い色を選びがちですが、
意外にも暖色を使って表現している自分が出てきたり、
ある箇所は鋭敏に描くけれど、ある箇所は柔らかく描いていたりする、
言葉で瞬間的にネガティブにとらえてしまうものも、本当はそうでもなく・・・と、
なんでそんな自分がいるのか、自分を知るきっかけになっていったりする。
「意外にも私はこういうのが好きだったんだ」、
「苦手と思っていたけど、もしかしたら私はこういうの大丈夫なのかも??」など、
鏡のようにして向き合うことができる。
木谷さんの手法は、まさに自分の心を鏡で覗きこむような行為です。
この人にとってのこの時の楽しいとは、緑や青がさらっとした線であって、
軽やかな記憶としての楽しさがあるんだな、と伝わってくる。
絵の良し悪しではなく、その人の裸の心を読み解く、共感する楽しさを味わうものなんです。
「少し待てば光が差してくるやん
いつもそうやったわ~」と記したこの方の絵は、
紫色のもやもやが中央にかかっている。
でも全体を覆っているわけではなく、所々に雲間が見えている。
これまでぶつかって来た壁を振り返った時の気持ちが現れているようで、
画面隅に光のような明るさが差しているのが象徴的です。
この人はこういう色を形でこれまでの困難を表したんだな、と噛みしめて観る楽しさがあります。
描く手法も斬新ですが、観賞の仕方も今までのアートの観賞とは違うもの。
「人に見せることを前提とせず、ひたすら自分と向き合う。
純粋に向き合ったものを結果として人に見せる。そこが面白いんです」
と語る木谷さん。
並んでいる絵は、その人の心の動き、色と形の表現、心のプロセスを経て
それぞれ自己完結しているもの。
出来上がった結果ではなく、プロセスを見せる行為、
心に興味ある方ほど、この描く行為と観る行為を面白いと思ってもらえるのではないでしょうか。
美術に携わっている方だけでなく、いろんな職種、多彩な方が揃っている描く詩人の会。
各地からこの顔触れが集まったのはどうしてなのか??
そもそも、この会はどのようにして始まったものなのか??
「心のブレーキの外し方」という本を読んだことから人生が大きく変わったといいます。
本を読んだ木谷さんは感銘を受け、その本の通りに心のブレーキを外し、
46歳で公務員を2年間休職して大学に通う決断をする。
木谷さんは振り返ります。
「この本と出会わなければ
GEISAIに出品し NYのギャラリーとつながることもなければ
46歳で東京藝大の大学院に行くこともなかったと思います
若手の登竜門のイベントに参加するのも
いい歳こいて 学生として大学に行くことも
公務員を辞めることも
当然強烈なブレーキがかかっており
それが外れない限りは 無理だったと思います」
石井さんのCDは以後もずっと聴いていて、
今から2年ほど前の2012年、
石井さんが月に1回勉強会を九段下で開くというので、足を運ぶようになった。
それまで石井さんは、大手出版社主催のセミナーの講師を努めていましたが、
東京と大阪で自分主催のセミナーを始めることにしたのが、その勉強会だったのです。
もともとはセラピストである石井さんは、
セラビーは、悪い人を治すだけでなく、良い人をさらに良くする効果もあるのではないかと、
10年ほど前に自己啓発の仕事を始めた方。
石井裕之(いしい・ひろゆき)
『1963年・東京生まれ。
パーソナルモチベーター。セラピスト。
催眠療法やカウンセリングの施療経験をベースにした独自のセミナーを指導。
人間関係、ビジネス、恋愛、教育など、あらゆるコミュニケーションに活かすことができ、
誰にでも簡単に実践できる潜在意識のノウハウを一般に公開してきた。
2008年10月14日には、東京国際フォーラムにて、5,000人を集めるセミナーを成功させた。
石井裕之のセラピスト体験の集大成ともいえる目標達成プログラム
『ダイナマイトモチベーション6ヶ月プログラム』は、
6万円という高額にもかかわらず、一万人以上の手に渡る異例の大ヒット作となった。
著書は30冊以上、累計 250万部を越える。
38万部突破のベストセラー『「心のブレーキ」の外し方』(フォレスト出版)には、
いまも全国の読者から熱い感謝の手紙が絶えない。
また、「石井裕之のベスト」として多くの読者から熱い支持を受けている
『ダメな自分を救う本』(祥伝社)は、10万部突破のベストセラーとなった。
そのほか、小説に、『かぼ ~アクリルの羽の天使が教えてくれたこと』(祥伝社)、
『チギレグモノ、ソラノシタ』(小学館)などがある。
日本テレビ「おもいッきりテレビ」、テレビ東京「サイコラッ!」、
フジテレビ「奇跡体験! アンビリバボー」、
よみうりテレビ「史上最強の恋愛ドリル」シリーズ、
テレビ朝日「ちゃんネプ」、ABC「ビーバップ!ハイヒール」など、過去のテレビ出演も多数』
その勉強会では、一年目は潜在意識の勉強から始まり、二年目になると、
石井さんから「これまでみんなで学んだことを形にしよう。アウトプットしよう」という話しがあり、
どんな形にするか受講生にプレゼンを促した。
受講生はそれぞれ自分の専門分野を持っているので、
各自の表現の仕方で学んだことを形にしていった。
受講生の一人だった木谷さんには、ある閃きがあった。
石井さんと自分のお互いの強みを織り交ぜて一つの形にするイメージが湧いていた。
早速制作に取り組み、出来上がったのが、
石井さんのこれまでの文章を木谷さんがセレクトし、一冊の絵本に仕立てるというものだった。
遺伝子本」・・・いでんしぼん。
『「その人の心のDNAがつまった本
その人の遺伝子が色濃く映し出されている本
文は石井裕之さん、絵はボク。
『小さなことだから悩めるんだ』という絵本ができました。
自分で言うのもなんですが
ホント いい絵本に仕上がりました
ボクは ある種編集者的に石井さんの文章と向き合い
画家として絵を仕上げた本です
毎日 ここで描いているドローイングの成果を
見ることができると思います』
その絵本が評判良く、さらに展開が広がっていくことになる。
勉強会は2012年の4月から2014年の3月まで受講し、
最後の3ヶ月は石井裕之プロジェクトというコラボイベントを開催することになった。
イベントの1月はメンタリストの方が担当、2月がアロマの方、
最後の3月に木谷さんの「心のDNAの描き方」というイベントが開かれ、
二日間で全国各地から80人の参加があった。
心のDNAを自分で知ること、それまでは言葉でやっていたものを色と形の抽象画を描くことによって、
潜在意識がそこにたくさん出てくるというものを狙った。
言葉で伝えようとすると表層意識で取捨選択を行い、
使い慣れた言葉、ありふれた言葉、当たり障りのない言葉になるものを、
抽象的な絵を描くことによって自分の中の違う一面が出てきたりする。
自分でも思ってもみなかった自分。
言葉では出てこないものがふっと表に出てきたりする面白さがあった。
この勉強会を通して学んだこと、そして今まで自分が持っているものをミックスさせて、
文字と絵を組み合わせた木谷さんのスタイルが確立していくことになる。
3月の心のDNAの描き方に参加した人に、新たに加わった人も含めて
2014年4月に立ち上げたのが、描く詩人の会だったのです。
「3月の時から、描くだけで終わらせず、いつかどこかで展示したいという思いはあったんです」
と語ります。
描く詩人の会では、木谷さんが毎月出すテーマに皆さんが作品を制作しています。
自由に描くのではなく、与えられたテーマからイメージを広げていきます。
テーマを設定してみんなで描くことにより、お互いの違いから自分をより知ることにも繋がる。
5月のテーマは、「区切る区切らない」。
区切るという言葉から好きなように絵を描くと、
色や線を区切ろうとすると実は嫌な感覚になって、『本当は自分は区切るのが好きではなかったんだ』
と知らなかった自分の一面に出会ったり、
かと思えば、
『区切るの苦手だと思っていたけれど、ザクっと区切ってみたら凄く気持ち良かった。
私は区切るの得意かも』と自分を発見する人もいる。
言葉で思っていたことと、絵にして発見した自分のギャップに出会うことがたびたびあった。
言葉の上では、「区切る」という言葉が苦手に思っていたのが、
潜在意識ではむしろ逆だけという事実に、
現実世界の区切りをつけられて引っ越しを決めた方もいたという。
「ちょうど人生の区切りと重なった方が多かったようで、このテーマは皆さんの反響が大きかった」
6月のテーマは、「点 線 面」。
そして7月のテーマから、絵だけでなく文字を入れるようになる。
絵を描いた時も気持ちをそこに入れ込むようにしました。
自分の心を裸にして、気持ちがいろいろ動いた中で生まれたたくさんの文章の中から
ピックアップしたもの。
手書きの文字ではなく、Photoshopやスマホのアプリで入れることにより
クオリティを高めました。。
今まで聞いたことないような手法に、「21世紀の絵手紙のようですね」と語る木谷さん。
8月は重いテーマに挑みました。「できること」。
できることってたくさんあるんだけど、人は誰でも自分ができることを小さく考えがち。
できることはいろいろあるんじゃないか?
できないと思っていてもそれは本当はできることじゃないか?
できないことに目を向けるのではなく、できることをやればいい、
しかし、
できることというテーマは思った以上に自分でも迫ってくるテーマです。
「皆さん辛そうに描いていた様子でした」
と振り返る木谷さん。
9月のテーマは、「ありがとう」でした。
大切な人を想い、ありがとうを深めて絵筆を取って描いてみると、
ジワッジワッとした線を描いていた自分と出会う。
「そうか、自分にとってありがとうは、ジワッジワッとにじんでくるようなものなんだな」と再発見になる。
ジワッとする線を描く自分を見て、自分が思うありがとうを知る、ということです。
人に見せることを意識したありがとうや、ありがとうと言う自分を見て、ではなく、
心の底にあるありがとうを表に出す。
上手に描いて人に見せようとするのではなく、
ひたすら自分にだけ向き合ったもの、
それが人に訴えかけるものなんだ、と木谷さんは話します。
これは画期的で面白い試みですが、知りたくなかった自分と出会ってしまうこともある。
言葉ではポジティブなことを口にしていても、
絵にして潜在意識を表に出してみると、思っていたほどポジティブにとらえていない自分を知る。
そこに、人と衝突しないよう、うまくやっていくよう、
日常生活がいかにバリアを張って過ごしているか気づくことになる。
バリアを破った先にある自分、そこに触れることが考えるきっかけになり、
今後の指針に繋がるかもしれない。
セラピーとして導くというより、こういう自分がいたんだ、と
気づくたけでも有効なんじゃないかと木谷さんは考える。
また、同じテーマでも、その人がいる時期によって描く絵も変わっていったりするので、
昔はもっと執着しているような絵だったのが、
今は距離を置いて落ち着いている、というような絵がでてきたりして、心の変化が現れます。
こうして、定期的に描く詩人の会の活動を続けていきながら、
みんなで制作したこれまでの作品で展示会を開こうと具体的に動き出します。
開催場所として、初めは都内でも考えていたが、
川越開催には木谷さんの特別な思いと因縁がありました。
2008年に三番町ギャラリーで展覧会を開き、
木谷さんの優しい雰囲気の少女の絵は話題を呼び、 その後マイアミのコンクールに行き、
それをきっかけにしてニューヨークのギャラリーに油絵を5枚、ドローイングを4枚、
他に10枚くらい買われた経緯があった。
「三番町ギャラリーは自分にとって縁起がいいんです」
今では少女の絵が木谷さんを代表する作品になっている。
地元に近いということもあり、地域の人に応援されてこそだとの思いから、川越で開催することに決めた。
木谷さんの作品から。
木谷さんは石川県出身。金沢美術工芸大を卒業後、石川県の高校の美術の先生になった。
高校を辞めてデザイナーとして地元で活動したのち、東京に上京しようと決意する。
埼玉県の行田の高校で講師として教鞭を取りつつ、自身の制作活動にも打ち込んでいました。
美術の先生として越生高校に赴任され、その後芸術総合高校で教えていました。
生徒に指導しながらも、
ふつふつとある思いが沸き上がり大きくなっていくことを感じていた。
「芸大入れないと悩む子には、努力すれば入れるんだからと励ましてきた。
毎年卒業生を見送っているうちに、自分もさらに勝負したいと思うようになった」
受験し受かった東京藝術大学大学院。
高校を2年間休職して通っていた。46歳のことでした。
木谷さんの学ぶ意欲が凄いです。
そこを卒業したのち、現在も川口短大で教えています。
ワークショップを通して街との関わり多いのは、
1997年、ワークショップの老舗的な存在であるMuseCompany主宰の
ワークショップ養成講座に参加したことが、その後の木谷さんに強い影響を与えた。
障害を持つ方とダンスを踊るというもので、月に2回ダンスワークショップがあり、
それ以外の単発も含めると、年間50くらいワークショップに参加していたんだそう。
一年間の最後には、自分でワークショップをプログラムし、実際にやってみるというものだった。
「その時の経験から、ワークショップが身近になって、
作家として自分の作品作るだけではなくて、
多くの人と関わるようなものをしたい」と思うようになっていった。
そして、石井さんの著者に出会い、勉強会に参加するようになり、
描く詩人の会の発足に繋がっていきます。
「制作は厳しい面ももちろんあって、いろいろと考えたり、悩んだり、ぶつかったりすることがある。
ただ、絵を描いたことない人が、
絵を描くこと、文字を書くことによる自己成長をどういう風にプログラミングできるか考え、
できたのが今の描く詩人の会の形です」
専門的なスキルがなくても、制作によって自分と向き合える、新たな自分を発見する、
そのための手法がこれなのだと話します。
いい作品を作りたいという動機ではなく、
自分を知る、成長したいというのが根底にあるので、
美術教育を受けている受けていないは全く関係ない。学校の発想とは違うものです。
これからも描く詩人の会は続け、自身の制作も大事にし、
人と関われるものはいろいろ形を変えながらも追及していきたいと語ります。
今後、東松山のワークショップでも描く詩を描いてもらう予定があるそう。
心を脱いで、自分を描く。
その絵を観ていると、自分をさらけ出している様子から、
「この人はこのテーマに対して、こういう色を選んだんだな、
こういう線で表現したんだな」と、相手の心を知ろうとする。
相手と深く繋がれることにもなり、心の底で結びつく感覚になります。
潜在意識はみんな繋がっている、と言われることもありますが、
それを実感できるようなものでした。
普段の生活だと、年代や性別など社会的な環境を「意識」しながらの共感であったりしますが、
そういう要素を外して、純粋に相手の心を観て、いいなと思った共感は、
その人と深く繋がるような体験でした。
木谷さんは、
「言葉で言える共感ではなく、言葉で表現できないから共感で、より深い共感なんです」
と話します。
人の心を広くて複雑で深い。
例えば、◯◯というミュージシャンが好きで、
それを表そうと言葉で表現しても結局は心の一部を表しているだけで、
言葉で言えない広くて深い魅力があるから魅かれるものなのかもしれません。
その心の宇宙を引っ張り出してくる手法が、描く詩。
来年の夏の展覧会では、英語の文字を入れて外国の人にも分かるようにしたいと話します。
話せなくても絵を通してコミュニケーションがとれるかもしれない。
新宿ゴールデン街でというアイディアもあるそうで楽しみな展開です。
その人がそのテーマで、なぜその色を使ったのか、その線にしたのはなぜなのか?
描く詩のことは、もっと深く知るとよりそれぞれの内面を理解できるかもしれない、
今後また追いかけていきたいです。