川越style「老袋の弓取式」下老袋氷川神社 弓に願いを込めて | 「小江戸川越STYLE」

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「小江戸川越STYLE」代表:石川真

 

今に続く伝統行事は、意味を知ることがとても楽しいです。

知るほどに、そこに昔の人が込めた願い、祈りがあるのを感じます。

 

そして必死に守り続けている今の時代の市民がいることにも

胸が熱くなります。

 

川越の下老袋の氷川神社で毎年2月11日に行われている伝統行事が、

老袋の弓取式 (おいぶくろのゆみとりしき) です。

県指定文化財、無形民俗。

 

老袋の弓取式保存会に、
上老袋・中老袋・下老袋・東本宿からなる自治会の方々が

年ごとの持ち回りで行事を行っています。
担当地域が弓取式に使う弓矢と的、甘酒を用意し、
豆腐田楽を作っているそう。


 

的に向かって弓を射る弓取子(ゆみとりっこ)はもともと、その家に長男が産まれた時に、

各地区から選ばれていました。
その子が弓を射ることで、成長祈願・健康祈願・そして一年の天候を占い豊作祈願をしていた。

 

今の時代には子どもではなく、地区総代が代理として弓を的に向かって3本ずつ3回射って、天候を占う。

的の白い部分と黒い部分に当たった矢の本数を数えて、
白が多いと晴天が多く、黒が多いときは雨が多いといわれています。

 

全ての矢を射終わると、地元の人たちが矢や的を奪い合う。
矢を持ち帰ると、子どもが丈夫に育つと言われ、境内では、甘酒と豆腐田楽が振舞われます。
 

古くから川越で続いてきた弓取式。

的に向かって弓を射ることで天気予報を行うというのが、

今の時代からすると面白い部分です。

 

川越にはその土地ならではの伝統行事が、

今でもあちらこちらに残っていますね。

各地にあるのは、

保存会に自治会の方々が協力し合い残していこうとする姿。

 

毎月のように市内各地で行事は行われ、

例えば一月には、南大塚の「餅つき踊り 」がありました。

歌い踊りながら6人で餅をつき神社まで臼を引きずって奉納する、

祝いの行事です。

 

見渡して見ると、

川越の外れに伝統行事が残るケースが多く、

外れに行くほど、川越の昔のままの姿が色濃く残っているとも言えます♪

 

変化していった街の中心部と、昔のままの行事が残る外れ、

対比を見ることで、川越をより感じられます。

その弓に昔の人が込めた祈り、

今の人が守っている姿、

時代を交錯させながら、川越で続いてきた人の営みを感じるために

下老袋の氷川神社に向かいました。


 

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


 

視界に雪が残る畑が広がり、

埼玉医大総合医療センターの前の道(51号線)を東に進みます。

入間川にぶつかる手前に広がる地域が、

川越の上老袋、中老袋、下老袋、東本宿。

この辺りはかつては植木村だった地域で、合併して川越市になった。
入間川の川上から、上老袋、中老袋、下老袋と名付けられました。

4つの地域で合わせて行う毎年2月11日の行事が弓取式。
 

朝の8時半に氷川神社に着くと、

すでに地域の方が準備を始めようとしています。




 

「今日は地域から30人くらい集まってくる予定だよ。

この氷川神社は小さい頃から身近な場所。
自分が子どもの時に参加し、今保存会で支えてる人が多いよ」

 

弓、矢、的、竹、甘酒

弓取式のための道具が神社に到着。

 


 

甘酒は樽に2つ用意もされ、

なみなみとたっぷり作られています♪

もちろん甘酒も田楽も手作り。

 

「熱々の甘酒が中に入ってるよ!楽しみにしててね」

 

 

「昔はこの行事は甘酒祭り、なんていう別名もあったんだよ。

甘酒はいつも多めに作るので、地域の方が持参した鍋などに入れて持ち帰ってもらったり」

 

毎年、弓取式では来場者に甘酒が振舞われ、

それを楽しみに来られる方が多かった。

地域の行事であり、地域のお祭りで、この日は氷川神社で過ごす非日常の時だった。
 

今でこそ、住宅が増えた地域ですが、

当時を知る保存会の方は

 

「昔からこの地域は農家が多くて、一面田んぼだったんだよ」

 

小さい頃は、子どもが集まれば、ベーゴマ、メンコに夢中になっていたそう。

そして

この地域は昔、入間川の位置が違っていて、

氷川神社のすぐ西の方を流れていたんだそう。


 

川が氾濫し、本殿も水に浸かるような水害に悩まされた時もあった。

米を作る地域にとって、水害はなにより大敵。

昔に建てられた家々は確かに少し高いところに建てられています。

遠くを指差しながらそう教えてくれました。

 

お米を作るにはなにより、一年の天候を知りたい、

今年は晴れが多いのか、雨が多いのか、水害は大丈夫か。

生きることは作物を作ることであり、

豊作祈願に天候占い、子どもの成長、

土地に生きる人たちの願い、祈りを込めて始まった行いが

弓取式だったでしょう。

 

弓を射って天候を占う、という表面の形からは見えにくいですが、

昔を知る方の話しを聞けば聞くほど、

「天候を知りたい」

と痛切に願った人々の想いを感じます。

埼玉では秩父地方にも、弓を射って天候を占う行事が今も残ります。


通りに大きなトラックが2台やって来ました。

書かれている文字を見ると、「川越菓匠 くらづくり本舗」。

川越でお馴染みの和菓子屋さんでした。

 

車を止めると、すぐに大勢で積み下ろしを始めます。

かなり大きなもの。。。

 

くらづくり本舗の創業者、中野民五郎さんが、
氷川神社のある古谷地区の出身でもあり、
弓取式に毎年あわ大福を奉納しているんだそう。

 

物資の乏しい時代に、

少しでも安く、美味しい、甘いお菓子を提供したいとの想いから

作られた大福餅。

 

くらづくり本舗の創立記念日は、弓取式と同じ2月11日。

創業菓があわ大福です。

創業者の方の、この土地とこの行事に対する想いを感じますね。


9時半、道路沿いに参列者が並び、
保存会の方が声を掛け合います。
「準備はいいかー!そろそろ始めるぞ!」
いよいよ、

弓取式神社境内参列が始まりました。

 

参列は、

年番長、

宮司、

氏子総代、

下老袋総代、

中老袋総代、

上老袋総代、

東本宿総代、

弓取子、親、

弓、

矢、

的、

竹、

甘酒2樽、

田楽3樽、

あわ大福の順番で進みます。





 

この行事は、約300年前から伝わる、と言われていますが

正確な時期は分からないとのこと。
水害地だったので貴重な文献も流されてしまい、

いつから始まったのか定かでない。

 

でも弓取式自体は、昔ながらの形式でやっているそうで、
「昔はもっと素朴で、地元のお祭りという雰囲気だったんですよ」

あちこちに、この土地の生き字引的な方がたくさんいて、

昔の川越、いや植木村に想いを馳せます(*^.^*)

 

本殿の前に竹を立て、組み、

的を作り始めました。



 

改めて弓取式のことを。
弓取式は、各地区の氏子の長男で1歳から6歳ぐらいまでの
『弓取子(ゆみとりっこ)』が選ばれます。

 

その子どもの代役として『氏子総代』『地区総代』の大人5人で、
正座をしたまま桃の木で作られた矢を放ち、

直径約90センチほどの的に3本づつ放ちます。

 

三回に分けて放ったうち、

一回目は春・二回目は夏・三回目は秋の天候を占う。

(冬がないのは、米作りしないから)

矢の当り方で、

白い部分に多く当れば『晴れ』が、
黒い部分に多く当れば『雨』が、
的に当たらないと『風』が多くなる。

 

真ん中は雨なんですね。。。

でも狙って射るというより、
たまたま射って当たったところで占うというもの。

「晴れに当たれば今年は豊作だって喜んだ。

雨が降らないと稲は育たないけど、多ければ不作になるかもしれない。

それじゃあ違うものを作るか。そんな風に判断していたんだよ」


生活の糧を弓の行方に頼っていた。
これに頼るしかなかった。
 

今年の弓取子は3人。
子どもの前に総代5人が正座して座り、

成長祈願・健康祈願・そして一年の天候を占い、豊作祈願をする、

弓取の儀の始まりです。

 


 

マイクを手にした保存会の方が

声を張り上げます。


「それでは総代の方々、一の矢をお願いします!」



春は雨が多めでしょうか。。。


「二の矢どうぞ!」

夏は晴れが多いよう。

 

「三の矢をお願いします!」

的を外れた矢もたくさんです。。。風が多くなりそう。

 

一年の総括をしては、
「一年を通して、晴天もあり雨天もあり、

天候に左右されない作物を作ることにより、

五穀豊穣が期待できそうです」

 

弓取の儀が終わると、お待ちかねの甘酒が振舞われました♪

寒い体が温まります。

 

そしてあの、くらづくり本舗さんの

特大あわ大福が正体を現しました。
大福形の竹篭に30キロのあわ餅を張り、
中に1000個ほどのあわ大福を収めてあったんです!

 




一人に2ついただいて、甘酒と合わせ美味しかったです(-^□^-)
 

弓を射って天候を占う伝統行事は、

今の時代からすると非科学的に見える。

でも科学に頼れなかった時代だったからこそ、

神聖な儀式に続いて、弓に願いや祈りを込めて射っていた。

痛切な思いを感じました。

 

今に残る伝統行事は、餅つき踊りにしても弓取式にしても、

根本の部分にあるのは、

願いや祈りで共通していますね。

 

形が地域によって違い、それぞれ個性的で面白いし、
川越に多種多様な文化があったことを感じます。

 

特にお米を作る地域なら、豊作祈願のお祭りは各地にあったはずだし、
その中で老袋は弓を射って占っていて、

行事として今も残っている。貴重です。

 

川越に残る伝統行事はできる限り訪れて、

行事に込めた昔の人の思い、

それを守る現代の人の姿、

これからも見守っていきます。。。♪


「老袋の弓取式」

川越市下老袋の氷川神社にて毎年2月11日。

9時半から11時頃まで。