まわりの状況がザワザワしていた。なぜそうなってしまったのか…
環境を注意深く見てみたり、自分自身をクリアニングしてみたり…

何が起こっているの?何がいけなかったの?物凄くザワザワしていた。

でも、不思議とお客様はとても穏やかで、会話がとても深い話題になる。
noa(ワタシのサロンね。)の空気は澄んでる。

 じゃあ、何事なの?ホトホト疲れてしまうやら、万策つきるやら…   その時、ビッグバンが起こった。環境がついに分かりやすい形でぐるりと動いて、その後を示すキーワードなど全てが出揃った。

 悩んで悩んで、自分自身の
クリアニングをトコトンやってたここ一ヶ月。自分で感じていた以上に自分らしさの軸が出来ていました。

ここ一ヶ月ひたすら自分に対する『許し』を行ってきました。それが自他ともに雨のように優しく降り注ぐイメージでした。

理不尽な人に対して
「どうしてそんなことをするの?」っという思いにたいして、
《そんなことをされてもいい。》っと許可すると、ココロは穏やかで微笑んでいることができた。今までだったら悲しくて感情に振り回されて、我を失っていたかもしれない。

今回は冷静に状況を眺めることができた。理不尽な言葉や素行の矢は全て

「それらを受けてもいい。」
「それによって傷ついてもいい。」

っとことごとく許して受け入れていく。
《傷ついてはいけない!》っと身を固くするのではなくて、それを許可して包み込んでしまうイメージ。反発するとエネルギーのぶつかり合いになってしまうから。

 実行するのは恐かったけどいざやってみると、物凄く楽だった。思った以上に傷つかない。そして、その状況や環境、自分自身の位置など明確に見えてきた。


ここしばらくのザワザワは、その場所からの卒業セレモニーの様なものでした。最終試験の様なものというか…

 たくさんの言葉は出せなかったけれど、自分の思いを伝えて、感謝してその場を後にすることができました。

その場では沢山の学びがあり、ワタシの閉ざされた固い扉が幾つも幾つも開かれた大切な環境でした。最後まで感謝で終われたのが本当に、

ワタシって成長したなぁスッゴク!


って思えて、この言葉を自分の卒業証書にすることにした。(^ー^)

 でも、それだけ大事な場所からの卒業って、ココロにやはり痛みや苦しさが来る。それも全部受け止める。

そんな時はお寺さんに行くんです。

 武田信玄公の御息女松姫がいらっしゃる《信松院》へ行って来ました。穏やかで優しく包容力の強い所です。天井にはところ狭しと4色の龍がたくさん描かれていて見事でした。

 穏やかな松姫の前で手を合わせて、頭を真っ白にしてしばらく過ごしていると、涙が溢れてきた。それが何とも穏やかな気分になれて気持ちよかった。

さて、新しいステージが始まりました。いろんな方の力を借りる事ができる自分に気がついた。

うん、一人で抱え込まなくてもいいんだよ。必死に人の望みをオーダー通りに叶えなくてもいいの。

自分らしく楽しく、それが一番。

全ての物事に感謝。愛しています。