ここ数日、芦花公園さんの著書である「ほねがらみ」を読んでいる。
芦花公園さんの作品は、マガジンハウスから出ているBRUTUSという雑誌で星野源さんがおすすめしていた。
どんなものかと想って読んでみたけれど、かなり面白い。
というのも、最近のホラー小説には流行りの構成?というか流れのようなものがある気がして、「ほねがらみ」にもそれを感じた。
流行りというのは、ミステリー調のホラー小説で、代表的なのは三津田信三さんや、残穢というホラー映画の作りが良く似ている。
昔小学校に置いてあったような短話が集まったホラー漫画や本、夏の特番で放送されている「本当にあった怖い話」(吾郎さんでてくるやつ)なんかは、それぞれ異なった怖い話が集結している。
それぞれは全く関係のない、別の場所で起きた異なる体験談として語られる。
しかし、最近の流行り(?)というのは、こう言った短話の中には似通った体験談や、共通点があり、手繰っていくと大元は同じだったという展開だ。
残穢に出てくる言葉で
「手繰っていくと根は同じ。」という言葉があるけれど、まさにそれだ。
「ほねがらみ」も上記のように、異なった体験談の中に小さな共通点があり、それを辿っていくような話だ。
昔2ちゃんねるで洒落怖というのが流行ったけれど、その中の「くねくね」という話や、その他体験談をもとに作られている。
読んでいて、もちろんこの構成が好みというのもあったのだけれど、実は「ほねがらみ」の中に出てくる怪奇を私は全く別のコンテンツ・別の人から聞いたことがあり、胸につっかえた。
一つは姫ダルマという人形の怪。
姫ダルマは日本人形に近いような見た目をしていて、小説内ではそれが川の上流から歯を剥き出しにして笑った表情で流れてくる、という語りがある。
これは日本人形が歯を剥き出しにしてニタニタ笑っている、という体験談を聞いたことがあり、あまり聞くような話では無いので引っかかった。
二つめは、生まれてきた子供には愛おしい、可愛らしいと言い、産んだ母親には憎い、疎ましいと言う女性が出てくる怪。
これは隣家に住む老婆が、付近に住む子供に対しては「可愛い可愛い」と言うが、母親の話になると「母親はいらない、憎い」と豹変するという話を聞いたことがあった。
芦花公園さんの小説は全て実話では無いようで、創作も入っているような旨をチラリと見たので、似通っている話が実体験なのかどうか怪しいところだが、全く別の場所で語られている話が似通るものなのかと読みながらゾッとした。
この世にはなんだか少し似ている体験談がたくさんあるけれど、実は大元が存在し、枝分かれしているだけなのかもしれない。
幽霊がどうとか信じる信じないとかではなく、絡まった紐を解いていくような、パズルのピースをはめていくような楽しさがホラーに隠れていることに私は凄くワクワクしているし、共感してくれる人を探している。