徒然無路具 ドバイ~東京 -22ページ目

徒然無路具 ドバイ~東京

ドバイで遊園地を作った記録から東京での現在に至るまでの徒然を綴る…

11/18は第三木曜。

そう、ボージョレ解禁日です。

いつも飲みに付き合ってくれる友達とその話をしたら、早速予約を入れて0:00の解禁に合わせて買ってきてくれました

γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ


例によって万人が騒ぎ立てるものを敬遠しがちな自分は、当然の如く解禁当日に飲んだ事はなかった。

ましてや、解禁の0時なんて・・・

大のワイン党なのに、やっぱりそこはゆずれない、というか気乗りがせずここまで生きてきたw


そんなわけで、お世話になっているお友達には大大大感謝恋の矢

食べ物まで持ってきてもらって、美味しく頂きましたо(ж>▽<)y ☆

ボージョレはヴィラージュの方で、コルクを抜いた途端ふわっと華やかなブーケが立ちのぼり・・・

ラズベリーのアロマとテイストの強い、すごくフルーティーで美味しいヴィラージュでした。


加えて解禁と同時、というのがまた、スパイスにw

オケージョン好きなニホンジンの例にもれないため、そこはやっぱりかなりプラス、かな?

余談だが、人の誕生日も0時におめでとうコールするのがいい

≧(´▽`)≦


前回更新からひと月以上。

こんな事はblog始めて以来。

ネタだけは貯めつつもイマイチ書く気になれず。。

あまりにもハッピーな夜だったので一念発起して(?)書いてみました。

これを機に復活して貯めてたネタを順次書き綴っていこうと思います。


よろしくですm(_ _ )m


ドバイに遊園地を作ろう!!-BeaujolaisNouveau2010


ペタしてね

夜、寝ずの番をするのが通夜のしきたり。

両親、妹の3人みな睡眠不足だったのでかって出た。

とはいっても自分もそんなに寝ていたわけではなかったので夕食後2時間ほど仮眠。

その間に前回のを書いていたと言うわけ。


翌日は告別式の後火葬場へ。

最近の施設は臭いが出ない、なんて話だったが、嗅覚が敏感な自分には十分わかった。

流石に外に漏れていると言うことはないが、扉が開いた瞬間に鼻を突いた。

おそらく普通の人はなんともないのだろう、誰も気にした様子はなかった。


お棺を入れ、暫く待ちお骨拾い。

あの臭いが、より一層立ち込める。

吐き気に耐えながらも完了。

お骨を抱えて運ぶ係りになった。

気のせいなのか実際そうなのか、ずっとあの臭いがした。

バスの中で吐き気はよりひどさを増した。



・・・せっかくだから、と言うことで実家に帰った。

そして今。

疲れのせいで昨晩は23時前には確実に寝ていたのに今朝起きたのは9時半。

何もする気が起きず、だらだらと一日を過ごす。

家族ともいつもと変わらぬ調子。

ただ、祭壇を作ったのと四十九日の段取りの相談を除いては。。



通夜の後、父の話を聞いて更に色々頭の中がぐるぐると回った。

祖母は99歳の大往生。

みなが100まで生きると信じて疑わなかったが一歩及ばず。

それでも長寿には違いない。

それだけの寿命を永らえるには、たくさんの人に支えられてきた。

幸せな人生だった。

自分達も然り。

他人の幸せに寄与する立場でもある。

ずいぶん省略したが、そんな話だった。


自分は、何ができているんだろう。

告別式の最後、そっと触れた祖母の額は冷たく、手の熱を急速に吸い取っていった。

なにもできなかった。

あれだけ可愛がってもらったのに、何もできなかった。

司会の人の言う、暖かい感謝の言葉、なんてそのときこれっぽちも浮かばなかった。

ただ、後悔と謝罪。


でも、そんな話の後見た祖母の顔は安らかに、幸せそうに見える気がした。


親孝行、しなきゃな・・・

なにもできてない。

他人の幸せにも寄与できてない。

これから、何ができるんだろう。

考えながら、生きていかなきゃ。







突然ですが、只今名古屋です。

これをUPするときはおそらく奈良の実家でしょうが。


その、何と言いますか、人生ダメなときはとことんダメというか、そういう時ってあるな、とよく思います。

もちろん何かにつけてうまくいく時もありますが。

前回、ちょっとダメダメな感じのブログを書いてしまって色々な方から心配、励ましの御言葉等をいただきま した。

こんなんでも少しは気にかけていただいている方々がこの世にいるんだなぁ、と思うと本当に感謝の気持ちで いっぱいになります。


さて、例によって前置きが趣旨からそれて長くなりがちですが、泣きっ面に蜂、と言うべきか、ダメダメの時 にさらに追い打ちをかける出来事がありまして。

一昨日の夜、撮影から帰るロケバスの中での事(これについてはまた後日気が向いたら書こうかと)。

携帯が鳴った。妹からだった。祖母が脳溢血で倒れたらしい、と。父が仕事中なのか連絡がつかないのでどう振舞うか決定していないとのことだったが、とりあえず必要な物を 用意して出かけられるようにしておくように、と。

高齢であった事もあり、まず助からないだろうな、と直感的に察した。


果たして帰宅後暫くして再び携帯が鳴り、他界の知らせ。

いよいよ出かける用意をしなければいけない。

とりあえず必要と思われる周りの人に報告をし、モノがあるか再確認。

直ぐに返事をいただいた方は、やっぱりオトナの方々。

自分ももし逆の立場になる時がきたら即返事を書こうと思った。


翌日、新幹線で一路名古屋へ。

斎場で久々に親戚の方々と再会。意外と和やかな雰囲気。

まあそういうものだろう。時間が来ると親族が呼び集められ、一連の流れや作法の説明を受けた。

通夜が始まる。

昔からお世話になっているお寺さんが読経を始めた。

鉢を鳴らすカンカンという音に意識が遠のきそうになる。

ポクポクと規則正しく叩かれる木魚の音にめまいを覚える。この状況で未だに実感がなかったが、何故だか頭が内側からはちきれそうだった。


何とかやり過ごし、通夜は無事終了。

最後に祖母の顔を見る時間が。

なんと言ったらいいか。

作り物のようだった。

安らかな死に顔、なんてよく表現されるけど、自分には到底それに見えなかった。

通夜の間中、いとこのお姉さんが泣いていたが、泣かなかった。

泣くはずはないと思っていた。

でも、その顔を見て色々考えてしまい、涙が勝手に出てきた。


泣かないコなのでもう一生泣かないだろうと思ってた。

親が死んだときですら泣かないだろうと。

なんだか最近泣いてばかり。

おかしいな。。