はじめに
ここを見つけていただきありがとうございます。
こちらは、完全なる自己満足用の文章となります。
誰に何を思って構ってほしいわけでも
悲劇を嘆いているわけでもないため
心無いお言葉が出そうになったらすぐに読むことをやめてください。
たまにある過去のフラッシュバックに耐えられなくなった時のため
一度文章化しておこうと、ここに残してみます。
もし似た境遇の方がいたら
思いやりの範疇でコメント欄をご活用ください。
それでは、読んでいただける方へ
視界にお邪魔します。
※とても長文かつ乱文です
子どもでいられなかったあなたへ
今、泣いていますか?
たぶんどうしようもない焦りに押しつぶされそうだと思います
両親の理不尽な言葉や行動に耐えられず
けど守りたい兄弟がいて
何もできない自分と”大人”に絶望してるよね
けど、大人になったよ
もう大丈夫になったの
ここまで来るのに30年近くかかったけど
今はとても有難いことに素敵な縁に恵まれて
本当に心から幸せだから
そんな先があるってことを伝えたかったんだ
過去の私にはこんなことがあって、
今の私が出来上がりました
・虐待(精神的/肉体的)
母が産後に鬱になり、嫁姑の関係がひどかったこともあり頻繁にヒステリックを起こし
罵詈雑言の嵐の中何枚ものお皿と包丁が飛んできました
ほぼ毎日愚痴も聞かされていたので小学生に上がる頃には会社の役職名を覚え
家事は姉と一緒に料理、買い物、掃除、洗濯をしていました
家の電話にも出ていたので母親役と子供役を駆使して対応出来るようになり
”今日も怒らせない”ことを目標に1日1日を乗り越え、母を支えていました
全く愛されず育児放棄をされていたわけではなく、むしろ愛情深い人なので
色々な場所に連れて行ってくれて、たくさんの経験をさせてくれて心から楽しい時ももちろんありました
ただ、主に精神面では親と子供の立場が逆転していることが多く
愛されている時とヒステリックになった時のギャップに苦しみました
母には虐待していた自覚も記憶もありません
父は最初は母に寄り添おうとするものの耐えられず仕事に明け暮れました
両親が喧嘩する際は必ず仲裁に入らなくてはならず(呼ばれるので)
2人の顔色を探りながら、言葉を選びながらなんとかおさめてました
※虐待については小さい頃は自覚がなく
たまたま機会があって行った、大学のカウンセリングで発覚しました
正直小さい頃の記憶はあまりありません
・親戚同士による争い
一時期、父方の祖母と母方の祖父の介助を半年程した後に
2人とも亡くなってしまった際、相続争いや遺産管理権利などに巻き込まれ言われもない話をでっちあげられ
とても大好きな従妹と連絡が取れなくなったまま
またその後3年程母方の祖母の介助を担います
・いじめ
文字にするとかわいい平仮名も、意味は残酷で
たまたま双子であったがために「気持ち悪い」とされていました
全校生徒によるものではなく数名によるものだったので
友達もいましたし担任の先生にも恵まれ、学校には通えていました
いじめの内容も忘れるくらいには今は何とも思っていませんが
何より、親にいじめを受けていると告白した際
「気のせいだ」で片づけられたことが一番辛かったです
たぶん、他にも色々あったと思うのですが
覚えていないことが多くざっくりまとめた形になります
今では「頭回転早いね」「さすが気遣いすごい」と
周りの尊敬する方々から言ってもらえることは有難いのですが
元から頭が良いわけでも器量がいいわけでもなくて
「このままでは生き残れない」
と思った幼稚園年長の自分が
文字通り”死ぬ気”で生きていくために
大人の表情、言葉の投げ方、関係性を見て言葉を選び、後の展開を考え、事態の分析をし
家事スキルを身に付けてここまで来ました
決して「すごいでしょ」と周りに言いたいわけではなく
頑張った過去の自分を褒めたいのと
そうするしか生きれないと幼稚園児に思わせた環境が異常だと認識したいのです
今では家族みんな仲が良く
本来両親は面白いことが好きなので何かと一緒に楽しむことが多いのですが
ふと過去にあったことを2人は覚えていないことであったり
母を支えるために頑張っていたのに
子どもらしく甘えてこない私たち子どもに対して散々なことを言われたり
今でも思い出してしまい大きい声が出そうにもなります
「子どもでいさせてくれなかったのはあなた達でしょう」
一度夢の中で叫んでとても心が軽くなりました
これがずっと親にぶつけたかった本音なんだと、最近やっとわかったんです
ただ、言い方は悪いですが、親からすれば捨てることもできた私たちを
今までこの世に残してくれて感謝しています
何度も家出して、補導で連れ戻され、暴力を受け
罵詈雑言を浴びせたかと思えば一緒にお菓子作りをして
否定され、疲れ果て、危険察知して回避して、褒められることは数年に1度あるかないか
それでも母の境遇としても辛いところがあると子どもながらに理解していたので
泣き叫びたい言葉も心の奥底にしまってました
そのせいとも限らないのでしょうが
私はおそらくHSP(且つ、感覚過敏)で長時間立てない起立性調節障害に近いものがあり
一時期はメニエール病や腎盂炎などストレス発症のものは多かったです
悲しいことも苦しいことも辛いこともたくさんありました
けどそのおかげで楽しいことも嬉しいこともたくさんありました
これまでの経験があったからこそ
少し学童保育に携わっている間
自分が子供のころに言ってほしかった優しい言葉を
子どもたちに伝えることができて
子どもたちからも素敵な言葉をたくさんもらいました
小さい頃は本当に「こんな大人ばかりなら大人にならなくていい」と
毎日泣きながら思っていましたが
今では似た境遇の友人や、理解してくれる人たちに出会えてとても幸せです
子どもでいられなかったあなたへ
あの時たくさん頑張ってくれてありがとう
怖い中必死に立ち向かってくれてありがとう
優しい心をすり減らしながらも耐えてくれてありがとう
ここまで頑張ってこれたあなたを心から尊敬しています
間違えることもあったし、嫌な思いもたくさんしたね
それでも生きることを諦めないでくれてありがとう