移住し十年超え。これまで俺も紀南の色んな場所へ散歩もしてきて、ある程度、この地方の全体像くらいは掴めつつある。しかし未だ電車を使って移動したことがない。紀南散歩に敢えて鈍行などを使うというのは味な手段であり、これは俺の名所巡りを第一義とせず、そこにある空気から内なる情報みたいなものを得ようとする散歩趣味に合致しそうなものだ。だというのに、これまでずっと やりたいやりたいと思いながらパスし、つい何時もお手軽な車移動を選んでしまっていたのだ。その昔、俺が典型的な大阪のプー(今風に言うとニート?)で、梅の収穫期などに叔父の手伝いに来ていた頃は、自家用車なんて勿論 持っていなかったし、高速バスなども無かったので、天王寺からみなべ迄の電車には馴染みがあった。しかしそれも準急や快速を使うことが殆どだったし、田辺以南の電車には一度も乗ったことすらない。

 

JR御坊駅。今日は その第一歩を踏み出すべく此処へ足を運んだのだ。

……来た来た。

これが本日のお目当てだ。日本一短いローカル線、紀州鉄道。JR御坊駅から西御坊駅までの区間を繋ぐ歴とした鉄道である。尚、この「日本一短い」というフレーズには異論もあるらしいが、俺は いわゆる 鉄ちゃんでは無い。その点について誰かと議論を交わすつもりはない。

それにしても、どういう理由なのか?分からないが、さほど御坊駅が この紀州鉄道を観光資源として推すことに熱心でない事が、此処に着いたはなから感じられた。鉄道マニアは元より一般的な観光客にも割と話題性があるスポットでもある筈なのだが、駅構内の何処にも紀州鉄道をアピールする看板やポスター、パンフレットの類も見当たらず、それどころか路線図や時刻表も設置されていない。駅員に訊くと素っ気なく「改札を通ってもらえれば一番線二番線の横に0番線がありますので電車が着くまでお待ちください、運賃は車内支払いです」と事務的に、何ならこれを目当てにやってくる余所者が不快でならないといった表情すら浮かべ返事される。

時間にして10分足らずの旅である。時速二十キロ、距離は2,7キロ、運賃180円。特に車窓からの景色が良いわけではない。主要国道から内陸側に一本入っただけの変哲もない田舎町をノロノロ移動するだけのことだ。しかし俺は楽しく、五十のオッサンが一人、恥じらいもなく運転席の横の最前でニヤニヤしていた。

 

終点、西御坊駅。

このローカル線も地元民のニーズが全く無いわけではない。これを通勤や通学などで毎日使う人だっているのである。その人たちにとっては それなりの利便性もあるのだろう。しかし この鉄道は、完全な過疎の山間部を走るのではなく、町中を横切っている。という事は、これの為に車道に幾つも踏切が設置され、車や歩行者の通行性を妨げていたりもするわけだ。合理的に考えれば、採算など取れているはずもないのだから廃線にするのが然りの代物ともいえる。また これを運営するのが東京に本社を置く不動産会社だという事情もあり、どうもそのあたりが地元から、観光資源として歓迎されているのかされていないのか判然としない紀州鉄道の、半端な存在感を醸し出しているのでないかという気がした。

 

株式会社紀州鉄道という企業の内容について俺は よく知らない。それにしても、どうだろう?この「紀州鉄道」という不合理な存在を、今 この御坊市に存続させ続けている、資本、とは御坊のローカリズムにとって「味方」なのだろうか?それとも「敵」なのだろうか?俺がここで、一人の、興味本位の余所者、としての気分のみで評価するならば、この味方とも敵ともつかぬローカル線の存在が愉快なものに感じられてならないのだが。

 

その後、西御坊駅から車を停めていたロマンシティ駐車場まで徒歩で引き返す。ロマンシティ内のみならず、42号線沿いには、全国の何処にでもある飲食チェーン店なども立ち並ぶが、敢えて昼食は、地元の個人が経営していると思しきラーメン店を選び和歌山ラーメン餃子セット1,000円を食った。普通に美味かった。

 

このロマンシティにしても、オークワという、紀州ではかなり知名度を持つ企業が計画し、今や御坊の顔とも言うべき大型商業施設なわけだが、これの建設時に、立地予定地で堅田遺跡なるものが発見されるという背景があったらしい。ロマンシティという名称は、歴史のロマンの上に建てられたもの、という意味合いがあることを俺は今日、初めて知ったのだ。

御坊という町。特に県外の人などには想像が湧きにくいかと思う。これは決して、この町を悪く言うつもりでないことを、強く断っておいてから態と支障のありそうな表現をすれば、紀中や紀南地域に住まう人にとって御坊というのは どこか少し野蛮な地域というイメージがあったりする。紀州では珍しくもない田辺や新宮などと同じ田舎町でありながら、良い意味での猥雑さを感じさせる町なのだ。いや、誤解されてしまうことを恐れずに言ってしまえば、猥雑というより、町全体に、雑、な雰囲気が漂っているのだ。そんな町の真ん中を横切る紀州鉄道の捉えどころのない、これまた、雑、な存在感が、俺には妙に素敵に思えた。