写真=TVレポート DBガールズグループLADIES' CODEのリセさん(本名:クォン・リセ)が9日午前、家族や友達、愛する人々と最後の挨拶を交わした。キリスト教式で執り行われた葬儀には、リセさんの安らかな眠りを願う人々が出席し、涙を流した。リセが所属しているLADIES' CODEのメンバーであるアシュリー、ジュニ、ソジョンも出席した。ソジョンは怪我により5日に執り行われたウンビさんの葬儀にも出席できなかったため、さらに辛そうだった。アシュリーとジュニはウンビの葬儀から4日経ち、再びもう一人のメンバーの葬儀を執り行うという大きな悲しみに耐えていた。

「16歳の時に父が亡くなった。父は亡くなる前に私が歌手になることを応援してくれた。LADIES' CODEとして活動する私を見て一番喜んだのは父だと思う。(私が)ここまで来れたきっかけだと思う」
歌手への夢を抱いたリセさんは、一人韓国へ向かった。母親や姉をはじめとする家族や親戚、友達はみんな日本にいた。若い年齢で家族と離れ、寂しかったはずのリセさんだが、歌手になりたいという夢に向かって耐え忍んだ。リセさんはLADIES' CODEのメンバーに頼りながらデビューを準備した。リセさんは2013年3月にLADIES' CODEとしてデビューした。

LADIES' CODEに対する愛情は、リセさんの歩みにそのまま現れた。グループとしてデビューする前にオーディション番組「偉大な誕生」シーズン1に出演して有名になったリセさんは、LADIES' CODEの“顔”だった。“リセが率いるガールズグループ”という修飾語がついた。これは、リセさんの重い責任感に直結した。リセさんはグループ活動はもちろん、個別活動も並行した。ソロ活動に対する欲ではなかった。グループをもっと知らせるために、メンバーたちにもっと大きな力を与えるために積極的に乗り出した。

その後もリセさんは個人的な成功よりもLADIES' CODEの成功に焦点を合わせて活動した。今年初め、リセさんは「LADIES' CODEは新しいグループだった。これまで他のグループが見せられなかった色を活かした。2014年にはLADIES' CODEというグループ名をもっと知らせたい。3~4枚のアルバムをリリースし、人々にグループの存在を確実に認識させる」と覚悟を明かした。
リセさんは2014年にLADIES' CODEとしてアルバムを2枚リリースしたが、もうこれ以上アシュリー、リセ、ウンビ、ソジョン、ジュニで構成されたLADIES' CODEのアルバムは聴けなくなってしまった。事故数日前、リセさんは父親に対する特別な気持ちを伝えた。「天国にいる父に、私は元気に頑張りながら生きていると伝えたい」と言ったリセさんは結局、父親、そして共に事故に遭ったウンビさんがいる場所へ旅立った。
9日午前、リセさんの葬儀は先に亡くなったウンビさんと同じ葬式場で執り行われた。韓国で火葬された故人の遺体は家族、親戚、友達がいる日本でもう一度葬儀を行った後、現地に安置される予定だ。