長距離走を行う際、ある一定の距離を超えると疲労や苦痛を感じなくなる「ランナーズハイ」という現象がありますが、釣りにおいても貧果が続けば同様の現象が発生します。
始めのうちはボウズを喫すると奇声を発したり、サビキ釣りのファミリーの横で小便をまき散らしたり、自称釣りガールのSNSアカウントにキショ絡みする等、見るに堪えない蛮行を繰り返すのですが、度重なるボウズを繰り返し、もはやボウズをボウズと認識できなくなる程ボウズが当たり前の風景に感じられる頃には、魚からの反応がゼロでも、隣で不躾な後続者にこれ見よがしに釣果をあげられても、真夏の夜明けの博多湾の如き静かな心ですべてを受け入れることができるのです(勿論後続者は呪殺しますが)。
既にその領域に達している私にとって、先日の車中泊遠征で完全試合を喫したことなどは些末な事柄で、この日も全宇宙の幸福を祈りながら、夜明け前の外洋サーフを歩き回っておりました。
ターゲットは例年晩秋に産卵のために外洋に移動するシーバスや旬を迎えるヒラメですが、サーフフィッシングの勘所を抑えられていないので、やれ離岸流だの地形変化だの分かりもしないファクターを無理に追い求めたりせず、ドルコスト平均法による積立投資の如く個人的主観を排除し、マシンハートで脳死ランガン、というのが本日の作戦です。
歩き始めて小一時間、冷たく澄んだ空に朝日が輝き始めると、程なくしてカモメ科の海鳥が姿を現しました。彼らは夜明けとともにねぐらを飛び立ち活動を始めるのですが、ただ移動しているのではなく、せわしなく四方八方を興奮した様子で飛び回っています。明らかにベイトの群れが入っている時の動きです。
暫くした後、ターゲットを補足したのか、海鳥達が一斉に水面へダイブし始めました。そして数百メートル先ですが、羽ばたく鳥達に混じって、大型フィッシュイーターが引き起こす爆発的な水柱が何度も上がっています。その光景に興奮し、アホみたいな顔でしばらく見とれていましたが、ふと気づくと明らかにナブラが接近、というか完全に射程圏内まで迫っています。
慌てて裏声で絶叫しながらキャストすると、着水するや否や鋭いアタリと同時にドラグから悲鳴。跳ね上がる心臓に突き動かされるまま、ジャングルに棲んでいる怪鳥みたいな奇声を上げ、渾身のアワセを入れましたが、ファイト開始から10秒もせずしてフックアウト。急いでルアーを回収するとシンペンのリアフックが伸されています。急ぎ太軸フックを搭載したモンスターショット80に換装して再度キャストしますが時すでに遅し、既にナブラも鳥山も消失していました。
冷静に対処すれば、ルアーチェンジの時間は十分にあったにも関わらず、どう考えても青物と対峙するには力不足なST-46の#4を搭載したシンペンで挑んでしまったのは完全な失敗でした。己の不甲斐なさを嘆いて辞世の句を詠んでいたところ、先程の海鳥達が再び現れ、大声で騒ぎ立てています。
そしてその鳥山は現在地から百メートルほど左方向に移動したところで接岸し、またも巻き起こる巨大な水柱。今度こそは装備も万全なので、あとはナブラが消える前に間に合わせるべく猛然と走り出した瞬間、不安定な足元のせいで、5chまとめ等の「画像で笑ったら寝ろ」スレで定期的に出てくる「スケボーからなぜか勢いよく車に突っ込むデブ」の如く、無様に足がもつれて砂浜にヘッドスライディング。
腰と右手首に大ダメージを負いながらも立ち上がり、再び走り出しますが、ナブラと鳥山は既に射程範囲外へと遠ざかり無念のタイムアウト。ですがこれだけの生命反応の濃密さならば、またすぐにチャンスが来るはずです。
よし!切腹!
2度もあったチャンスの潰し方が余りにも致命的すぎて、心の底から己の未熟な精神を憎みましたが、いくら自分にヘイトをぶつけても魚は寄ってきません。完全に日も登り、祭りが終わった海にはやる気の欠片もないウミウが集団で漂流しているのみで、その様に完全に心が折れ、「ソゲでもアタらねえかな」と、これまたやる気の欠片もないキャストを散発的に繰り返しながら帰路につきました。
そんな不毛な道のりをしばらく進むと、前方にまたも無気力なウミウの集団がプカプカ浮かんでいます。何の感情も持たずにそれらを眺めて歩いていましたが、そこへどこからともなく数羽のカモメが飛来。すると次々とカモメ達が集まり始め、あっという間に大群が頭上を覆い、岸から目測5~60m程の距離で巨大な水柱が上がり始めました。3度目の失敗は今度こそ本当に精神疾患を引き起こしかねないので、先程の敗因を反芻しながら冷静に猛ダッシュ。そしてモンスターショットをナブラの中心に撃ち込んだ瞬間、ロッドから伝わる異常な重量感。落ち着いて合わせを入れると体全体で止めなければならない程のファーストラン。
PE1号、リーダーフロロ4号なのでパワーファイトは不可能。障害物ゼロのサーフなので、ドラグを使った長期戦のスタイルで臨むしかないのですが、ファーストランがなかなか止まりません。ようやく止まっても、体重が重いせいか、緩めたドラグのままではラインを巻き取れず、かといってドラグを締めればツッコミを躱し切れずラインブレイクする危険性があり、とにかく耐えるしかないという膠着状態が長時間続きました。
時間とともに少しずつ魚の体力を削れている実感はあるものの、少し間を置くとすぐに頭を左右に振りながら走り出すので油断できません。ようやく20m程の位置まで引き寄せたところでターゲットが水面から体の一部を見せましたが、明らかに異常なサイズ感に心が乱されます。しかし何とか冷静を心掛け、波打ち際まで寄せてもランディングを急がず、激しいツッコミを一つ一つ受け止め、躱します。そして戦闘開始から15分か20分程経過した頃、通りすがりのアングラー様のハンドギャフにより無事ランディング。
全長90cm、7kgのヒラマサ。こんな魚がサーフから釣れると思っていませんでした。写真にも写っていますが、気が付くと周囲には大量のカタクチが打ち上げられて跳ね回っています。
TVやYouTube等の映像でしか見たことのない光景と体験が繰り広げられたことがしばらく信じられませんでしたが、これまで釣った魚の中でもトップクラスに興奮するファイトでした。誰か俺にヒーローインタビューしてくれと心の底から思いました。
私には釣りをロジカルに語れるほどの含蓄も経験もありませんが、今回の釣果は当初に建てた作戦を愚直に遂行し、自分の頭と腕と足で手にしたと胸を張って言えるものでした。
このレベルの釣果に恵まれることはこの先もしかしたらもうないかもしれませんが、しばらくはこの思い出だけで酒が飲めそうです。






