社会学では性を労働と同じく人間の行為として重視する
社会学は人間の行為を4つの領域に分ける。(1)労働、(2)性、(3)コミュニケーション、(4)遊び。遊びが労働と等価におかれ、性が遊びと等価におかれ、コミュニケーションも・・・・。コンサート「Real Rock -- See Saw Sciene Vol.1 」をみてきた。3時半開演であったが4時半頃に遅れてコンサート会場に到着。Kバンドは見逃したが、T、R、Jの3組のバンド演奏を聴くことができた。Tははっきりいって下手。Rはかなりまとまったバンドだ。Jの演奏はダイナミックでよかった。ギターとメインボーカルを担当しているCの出すギターの音色がいい。艶のある音を出す。彼はボーカルとギターソロにほぼ同じくらいのパワーを使っていた。最初は黙々と演奏をしていたが、3曲目くらいからMCが入ってきてリラックスモードになった。アンコールも素晴らしかった。考えた演奏をするのではなく、ただ乗りで音をだしているようながよい。小気味良いカッティングのリズムもよかった。帰りの電車で「事実とは何か」を読む。テーマとしては古いが、「人間-記号-環境」という視点からの考察が書かれている。(070780-1)
メディアは視聴者に無理やり時間をエンジョイさせようとする
媒体に触れながら時間をエンジョイするという行動を奨めているわけではない。多少はよいとしても限度がある。ずーと携帯をしているとか、ゲームをしている、テレビをみているというのはエンジョイしているとはいえない。ところが、最近のメディアは視聴者に無理やり時間をエンジョイさせようとする。そのいい例がスポーツ中継。選手のプレーのことなんかそっちのけで、監督の采配、選手のコスチューム、家族、記録、選手間の駆け引きなどの周辺的な話題を次々と提供する。純粋なスポーツとしての感動はどんどん薄れていく。昔は「筋書きのないドラマ」であったが、いまのスポーツ中継にはがっちりとシナリオがある。データ蓄積と分析のレベルが高くなっていて、結果は大方の予想ができてしまう。あとは演出。それだけでは面白くないのでハプニングをトッピングする。(070680-4)
時間そのものを媒体に触れながらエンジョイする
情報をメッセージ、記号、媒体(=メディア)が統合されたものと考える。何かメッセージがあるとする。そのメッセージは何かの媒体によって他人に伝わる。媒体には、その媒体独自の記号体系がある。相手はその記号体系を通じてメッセージを受け取る。この過程を受け取り手側からの視点でいうと、媒体との記号体系によるメッセージのやりとり、つまり情報行動をしていることになる。私たちは情報行動、それ自体をエンジョイしている。スポーツを例にとると、1回の試合を様々な情報行動を通じてエンジョイしようとする。実況を中継で見る。ニュースで結果を知る。スピード社の水着を着ていたから日本新記録がでたというたぐいの解説を聞く。さらに芸人がネタにするので、それをバライティで楽しむ。媒体でいうと、テレビ、ネット、ブログ、新聞、雑誌など。そして友人との会話など口コミュニケーションを携帯という媒体でエンジョイする。(070680-3)