城山三郎
昭和六十一年十一月二十五日発行
平成十九年十一月五日五十二刷
株式会社新潮社
広田弘毅が主人公の歴史小説。広田弘毅は文官唯一のA級戦犯として死刑された人間。
石屋の息子という決して恵まれた境遇ではない出自から、外務官僚となり、戦前唯一の外務官僚出身の総理大臣となった。
城山氏の描写では、「自ら計らず」をモットーとし、意図的な画策などせず、求めに応じて対応されたようである。特に、戦犯裁判時には、自ら無罪を主張することなく、在任中の全ての「結果責任」について認める発言をされ、検事さえ意外な死刑判決となった。
外交官としては、基本姿勢は、雄弁な松岡洋右(自分の演説に酔い、最初と最後で趣旨が変わってしまうこともあったという)とは異なり、じっくりと誠意を持って説得し、妥協点を見いだすタイプであったようである。また、政治家としても頭の良い方と思われ、名より実を取るタイプ。戦犯判決にも大きな影響を与えることになった、総理在任中の「軍部大臣現役武官制」復活も226事件に対する陸軍の粛軍と引き換えの対応であり、復活以前から陸軍の大臣拠出拒否によって、既に組閣に支障をきたすことが多発していたこと、「現役」とはいえ、実際には予備役退官者の現役復帰が可能な旨の了解を取り付けていたことからわかる。
また、現在の「集団的自衛権」や「憲法改正」に対する政府方針や世論の動向に不安感を感じるのは、当時の軍部(特に陸軍、中でも関東軍)が統帥権独立を建てに政府方針に従わず、天皇の軍隊と謳いながら、実際には天皇の意向に逆らい続け、自己組織の満足のために暴走を続けたことを思う。
外交官として平和的解決に固執しながら、軍部の暴走とその結果に邪魔され、それでも、暴走を阻止できなかったという結果責任を甘んじて受け入れた広田弘毅の生きざまに経緯を払う。
また、本人の希望に則り、英雄視されることを拒否し、靖国神社への合祀に同意していない遺族の方々も筋が通っている。