たまには、音楽以外のことも。。
戦後70年…ってわけでもないけど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『囚人オーケストラ』
この半年、どうしても頭から離れないことがある。
それは今年の1月にたまたま観たテレビのドキュメンタリー番組だった。
本当にこの半年の間、そのことばかり考えてて、どこかに整理して書いておかないといけないような気になって、それは個人的な日記でもちょっとした紙切れにでもまぁ今ならsnsにでも…なんにでも良かったのだけど、とにかくひとまずはここに書いておく。
そのドキュメンタリー番組は、第二次大戦時にナチスが収容所内で行っていたという、収容されているユダヤ人たちにオーケストラを結成させていたことについてのものだった。
今からガス室に送られる同じユダヤ人たちに向けて、死への恐怖を緩めるために、音楽を用いていたのだという。
私自身は、そういったオーケストラがアウシュビッツ内にあった…という、話しだけはなんとなく聞いていた。
でも、この番組には実際にそのオーケストラのメンバーであった生き残りの人が、その当時のことを克明に語っていて、その話しがなんとも衝撃的だったのだ。
NHKの制作した番組で、私自身は今年初めてそれを観たのだけど、その番組自体は2003年に最初に放送されたらしく、あまりにも多くの反響があったらしくて何度も何度も再放送されているとのことだった。
ゾフィーさん。実際にアウシュビッツでオーケストラのメンバーだった女性だ。
アウシュビッツに送られてその後、楽器が演奏できたこともあり、処刑を免れるためにオーケストラに入ったらしい。
毎日、毎日、処刑されることが分かってる人々に向けて、演奏を続けた。
ある日、そのことに対する罪悪感に耐えられなくなって、オーケストラを辞めたいと告げた。するとこのままオーケストラに残るか、それとも…処刑か…と仄めかされたらしい。
結局、恐怖からオーケストラで演奏を続けた。
そして、終戦。
戦争が終わっても、ゾフィーさんの絶望は残った。
いや、残ったどころの話しではない。
終戦からその取材を受けている2003年まで、音楽を聴くだけで失神、生の演奏を観賞しようとしても気絶して救急車で運ばる。自宅でも終戦後一度たりともラジオが聞けないらしい。
何度か、男性と一緒に暮らしたり、結婚を考えた相手もいたらしいのだけれど、ゾフィーさんのそういう症状に理解を示してくれず、誰とも一緒にはなれずに、今もひとりで暮らしているのだという。
収容所から助け出されたユダヤ人たちは、戦後、専門のカウンセラーがあったり、集い合って語り合える被害者の仲間の会みたいなのがあるらしい。
しかし、そこには、ゾフィーさんたちのような収容所内でオーケストラのメンバーだった人たちは入ることはできない。
単純に、後ろ指をさされるのだ。
「よくも今から処刑される仲間に向って、あんな陽気な演奏ができたものだ。」
もちろん、ゾフィーさんたちはナチスから強制的に演奏させられていた。
私たちがふだん普通に楽しんでいる音楽でさえも、使われ方によって、人にどん底の絶望を見せ続けるツールとなってしまう…
なんて恐ろしい話しだろうか。なんて戦争は恐ろしいのだろうか。
私が衝撃的だと思ったのが、その後にゾフィーさんが語った言葉だった。
「それでも、まだ、私はいつか希望の光が見えるようになると思う。
そう思って、毎日、生きている」
収容所では想像もつかないような地獄を見続けてきたであろう、なのに。
この取材当時でたしか90歳近かかったと思しきその人は、訥々としたゆっくりとした口調で、だけどその一言一言、ものすごく考えて選んでいるようだった。
ナチスドイツは、収容所内でユダヤ人たちを精神的にコントロールするために色々な試みを行っていた。
前述の囚人オーケストラもそうだけれど、処刑するためのガス室にユダヤ人を案内する作業員もまた、同じユダヤ人たちにその役目をさせていたことは有名だ。
ゾフィーさんは言う。
ある時、その作業員が自分の父親をガス室に案内したのだと。
自分が案内して、自分の父親を死なせてしまったと。無論、そうしなければその作業員が殺されてしまう。
それを後に聞かされたその作業員の兄は、気が触れてしまい、自分で自分のアタマを壁に打ち続けて死のうとしたのだが、その時は周りに止められ一命は取り留めた。
けれど数日後、けっきょく死んでしまったと。
人間は、普通に生きていても、なんとなく(上っ面では)平和な現代に生きていても、絶望してしまうようなことがあるだろう。
私たちが、ゾフィーさんのように、多分普通に生きていれば絶対に経験し得ない地獄のような体験をし、その後も精神的に続く絶望の暗闇の中から何十年も逃れられないとしたら
「まだ、前を向いて進んでいけば、希望の光を見つけられるかもしれない」
と、言えるだろうか???
シーンが変わり、終戦後初めて訪れたというアウシュビッツ収容所ちかくのがれきの石に腰かけながら、ゾフィーさんは淡々とした口調で話し始めた。
「おおげさなことを言うつもりはないのだけれど」
収容所内に、マリアという女性がいたという。
その女性はアウシュビッツに収容されるまで、助産婦のような仕事をしていた。
彼女は、収容所内に収容されているユダヤ人の出産があると、生まれてきた赤ちゃんをお風呂に入れてあげたのだそうだ。
もちろん、数時間後にはその赤ちゃんは、ナチスの手によって殺される。
それはそこにいる人、全員分かっていることだ。
なのにマリアという女性はすべての生まれてくる赤ちゃんをお風呂に入れたのだ。
それをすることによって、マリア自身が殺される可能性だって十分にある。
許可なく行っている行為だ。
しかも、遠いところから水を持ってきて、自力で火を沸かし、自分ひとりでお風呂に入れてあげるのだ。
水を運ぶのだって大変な重労働だったらしい。若い女性ひとりの力なのだから。
けれど、彼女はお風呂をつくり続けた。
その赤ちゃんたちにとっては、この世でたった一度きりのお風呂。そのお風呂に入れるために。
そこでゾフィーさんの前述の言葉。
「おおげさなことは言うつもりはないけれど
…人間の最後の良心。
そういうものが、確かにあるのだと…
その時に思ったのよ…」
私は、テレビ画面の前から動けなかった。
人間の、最後の良心。
自分の父親でさえも、ガス室に送らなければいけないような、そんな究極の地獄みたいな場所でも、
人間の最後の良心
ゾフィーさんは、この、自分が目の当たりにした人間の良心を信じ続けて、「希望の光はいつか見えてくるはず」と言ったのではないだろうか?
戦後、70年。
戦後50年、60年、70年…
ゾフィーさんたちのように、戦争で今もなお地獄のような苦しみから抜け出せない人たちにとって、それはなんの意味も持たないのであろう。
まもなくしたら日本の総理大臣さんも「戦後70年談話」とかいうのを宣うのであろう。
はっきり言って。
んなもん、最初から1フェムトも期待してない(笑 1フェムトは1センチの10兆分の1です)
そんでもってついでに言うなら、今の「戦争の方へ、イケイケGOGO」なソーリが辞めても、次もダメな輩がその席に着くのでしょう。
戦後ず〜〜〜〜………っと、それが続いてる。いわば、切っても切っても悪の金太郎アメ状態。
そんな、キケンな匂い“しか”しない権力に抗い、声を上げていくことは大事なことだ。
それと同時に、ゾフィーさんが信じた人間の良心。
それを大事にする心も、なくさずにいたい。
…というか、最終的に、決め手はそこなんじゃないだろうか。
もしも、ちかくに、ちょっとした“イサカイ”で、許してあげられないままの仲間がいるなら、許してやろうよ、自戒の意味も込めて。
私たちの半径数メートルのところの紛争からなくす、そんなことも戦後70年、思うよ。
…あ、余談だけど…
そのNHKのそのアウシュビッツの囚人オーケストラのドキュメンタリー番組。
ゾフィーさんは取材を一年以上も拒み続け、この番組のプロデューサーはずっと説得をし続けたのだそうな。
今、なにかと問題視され話題のNHKだけど、こんな風に、現場で頑張ってる人は、すごく意義のあるものを私たちに届けようと努力してくれているんだよね。
そこは私らが良い音楽を一生懸命つくってお客さんに届けようとするのと何ら変わらないわけで。
これも前述のことと関連するのだけど、いつだって阿呆なのはシステムの上の上のボロ儲けしてる権力者たちで、どこの場所でもその下にいる人たちは、それぞれのやり方で一生懸命に動いている。
そこのところの「思いやり」は、いつでも持っていたい、と思う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おい!お前!!!
お前は音楽だけやっとかんかいっ!!!」
…と、言われはしないだろうけど(笑)
ライブのお知らせも☆
《“ねぎ裕和”弾き語り
ライブスケジュール》
● 6月27日(土)@阿佐ヶ谷・天
● 7月8日(水)@阿佐ヶ谷・天
● 7月12日(日)@大久保・ひかりのうま
● 7月18日(土)@高円寺 DOM スタジオ
● 7月30日(木)@西荻窪 Pit Bar
● 8月22日(土)@新宿 bar strength
シクヨロです〜〜!!!
ライブのお誘いや以前発売したCDの問い合わせなどは、
コチラまで!! ↓
kora2negi@gmail.com
戦後70年…ってわけでもないけど。
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『囚人オーケストラ』
この半年、どうしても頭から離れないことがある。
それは今年の1月にたまたま観たテレビのドキュメンタリー番組だった。
本当にこの半年の間、そのことばかり考えてて、どこかに整理して書いておかないといけないような気になって、それは個人的な日記でもちょっとした紙切れにでもまぁ今ならsnsにでも…なんにでも良かったのだけど、とにかくひとまずはここに書いておく。
そのドキュメンタリー番組は、第二次大戦時にナチスが収容所内で行っていたという、収容されているユダヤ人たちにオーケストラを結成させていたことについてのものだった。
今からガス室に送られる同じユダヤ人たちに向けて、死への恐怖を緩めるために、音楽を用いていたのだという。
私自身は、そういったオーケストラがアウシュビッツ内にあった…という、話しだけはなんとなく聞いていた。
でも、この番組には実際にそのオーケストラのメンバーであった生き残りの人が、その当時のことを克明に語っていて、その話しがなんとも衝撃的だったのだ。
NHKの制作した番組で、私自身は今年初めてそれを観たのだけど、その番組自体は2003年に最初に放送されたらしく、あまりにも多くの反響があったらしくて何度も何度も再放送されているとのことだった。
ゾフィーさん。実際にアウシュビッツでオーケストラのメンバーだった女性だ。
アウシュビッツに送られてその後、楽器が演奏できたこともあり、処刑を免れるためにオーケストラに入ったらしい。
毎日、毎日、処刑されることが分かってる人々に向けて、演奏を続けた。
ある日、そのことに対する罪悪感に耐えられなくなって、オーケストラを辞めたいと告げた。するとこのままオーケストラに残るか、それとも…処刑か…と仄めかされたらしい。
結局、恐怖からオーケストラで演奏を続けた。
そして、終戦。
戦争が終わっても、ゾフィーさんの絶望は残った。
いや、残ったどころの話しではない。
終戦からその取材を受けている2003年まで、音楽を聴くだけで失神、生の演奏を観賞しようとしても気絶して救急車で運ばる。自宅でも終戦後一度たりともラジオが聞けないらしい。
何度か、男性と一緒に暮らしたり、結婚を考えた相手もいたらしいのだけれど、ゾフィーさんのそういう症状に理解を示してくれず、誰とも一緒にはなれずに、今もひとりで暮らしているのだという。
収容所から助け出されたユダヤ人たちは、戦後、専門のカウンセラーがあったり、集い合って語り合える被害者の仲間の会みたいなのがあるらしい。
しかし、そこには、ゾフィーさんたちのような収容所内でオーケストラのメンバーだった人たちは入ることはできない。
単純に、後ろ指をさされるのだ。
「よくも今から処刑される仲間に向って、あんな陽気な演奏ができたものだ。」
もちろん、ゾフィーさんたちはナチスから強制的に演奏させられていた。
私たちがふだん普通に楽しんでいる音楽でさえも、使われ方によって、人にどん底の絶望を見せ続けるツールとなってしまう…
なんて恐ろしい話しだろうか。なんて戦争は恐ろしいのだろうか。
私が衝撃的だと思ったのが、その後にゾフィーさんが語った言葉だった。
「それでも、まだ、私はいつか希望の光が見えるようになると思う。
そう思って、毎日、生きている」
収容所では想像もつかないような地獄を見続けてきたであろう、なのに。
この取材当時でたしか90歳近かかったと思しきその人は、訥々としたゆっくりとした口調で、だけどその一言一言、ものすごく考えて選んでいるようだった。
ナチスドイツは、収容所内でユダヤ人たちを精神的にコントロールするために色々な試みを行っていた。
前述の囚人オーケストラもそうだけれど、処刑するためのガス室にユダヤ人を案内する作業員もまた、同じユダヤ人たちにその役目をさせていたことは有名だ。
ゾフィーさんは言う。
ある時、その作業員が自分の父親をガス室に案内したのだと。
自分が案内して、自分の父親を死なせてしまったと。無論、そうしなければその作業員が殺されてしまう。
それを後に聞かされたその作業員の兄は、気が触れてしまい、自分で自分のアタマを壁に打ち続けて死のうとしたのだが、その時は周りに止められ一命は取り留めた。
けれど数日後、けっきょく死んでしまったと。
人間は、普通に生きていても、なんとなく(上っ面では)平和な現代に生きていても、絶望してしまうようなことがあるだろう。
私たちが、ゾフィーさんのように、多分普通に生きていれば絶対に経験し得ない地獄のような体験をし、その後も精神的に続く絶望の暗闇の中から何十年も逃れられないとしたら
「まだ、前を向いて進んでいけば、希望の光を見つけられるかもしれない」
と、言えるだろうか???
シーンが変わり、終戦後初めて訪れたというアウシュビッツ収容所ちかくのがれきの石に腰かけながら、ゾフィーさんは淡々とした口調で話し始めた。
「おおげさなことを言うつもりはないのだけれど」
収容所内に、マリアという女性がいたという。
その女性はアウシュビッツに収容されるまで、助産婦のような仕事をしていた。
彼女は、収容所内に収容されているユダヤ人の出産があると、生まれてきた赤ちゃんをお風呂に入れてあげたのだそうだ。
もちろん、数時間後にはその赤ちゃんは、ナチスの手によって殺される。
それはそこにいる人、全員分かっていることだ。
なのにマリアという女性はすべての生まれてくる赤ちゃんをお風呂に入れたのだ。
それをすることによって、マリア自身が殺される可能性だって十分にある。
許可なく行っている行為だ。
しかも、遠いところから水を持ってきて、自力で火を沸かし、自分ひとりでお風呂に入れてあげるのだ。
水を運ぶのだって大変な重労働だったらしい。若い女性ひとりの力なのだから。
けれど、彼女はお風呂をつくり続けた。
その赤ちゃんたちにとっては、この世でたった一度きりのお風呂。そのお風呂に入れるために。
そこでゾフィーさんの前述の言葉。
「おおげさなことは言うつもりはないけれど
…人間の最後の良心。
そういうものが、確かにあるのだと…
その時に思ったのよ…」
私は、テレビ画面の前から動けなかった。
人間の、最後の良心。
自分の父親でさえも、ガス室に送らなければいけないような、そんな究極の地獄みたいな場所でも、
人間の最後の良心
ゾフィーさんは、この、自分が目の当たりにした人間の良心を信じ続けて、「希望の光はいつか見えてくるはず」と言ったのではないだろうか?
戦後、70年。
戦後50年、60年、70年…
ゾフィーさんたちのように、戦争で今もなお地獄のような苦しみから抜け出せない人たちにとって、それはなんの意味も持たないのであろう。
まもなくしたら日本の総理大臣さんも「戦後70年談話」とかいうのを宣うのであろう。
はっきり言って。
んなもん、最初から1フェムトも期待してない(笑 1フェムトは1センチの10兆分の1です)
そんでもってついでに言うなら、今の「戦争の方へ、イケイケGOGO」なソーリが辞めても、次もダメな輩がその席に着くのでしょう。
戦後ず〜〜〜〜………っと、それが続いてる。いわば、切っても切っても悪の金太郎アメ状態。
そんな、キケンな匂い“しか”しない権力に抗い、声を上げていくことは大事なことだ。
それと同時に、ゾフィーさんが信じた人間の良心。
それを大事にする心も、なくさずにいたい。
…というか、最終的に、決め手はそこなんじゃないだろうか。
もしも、ちかくに、ちょっとした“イサカイ”で、許してあげられないままの仲間がいるなら、許してやろうよ、自戒の意味も込めて。
私たちの半径数メートルのところの紛争からなくす、そんなことも戦後70年、思うよ。
…あ、余談だけど…
そのNHKのそのアウシュビッツの囚人オーケストラのドキュメンタリー番組。
ゾフィーさんは取材を一年以上も拒み続け、この番組のプロデューサーはずっと説得をし続けたのだそうな。
今、なにかと問題視され話題のNHKだけど、こんな風に、現場で頑張ってる人は、すごく意義のあるものを私たちに届けようと努力してくれているんだよね。
そこは私らが良い音楽を一生懸命つくってお客さんに届けようとするのと何ら変わらないわけで。
これも前述のことと関連するのだけど、いつだって阿呆なのはシステムの上の上のボロ儲けしてる権力者たちで、どこの場所でもその下にいる人たちは、それぞれのやり方で一生懸命に動いている。
そこのところの「思いやり」は、いつでも持っていたい、と思う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おい!お前!!!
お前は音楽だけやっとかんかいっ!!!」
…と、言われはしないだろうけど(笑)
ライブのお知らせも☆
《“ねぎ裕和”弾き語り
ライブスケジュール》
● 6月27日(土)@阿佐ヶ谷・天
● 7月8日(水)@阿佐ヶ谷・天
● 7月12日(日)@大久保・ひかりのうま
● 7月18日(土)@高円寺 DOM スタジオ
● 7月30日(木)@西荻窪 Pit Bar
● 8月22日(土)@新宿 bar strength
シクヨロです〜〜!!!
ライブのお誘いや以前発売したCDの問い合わせなどは、
コチラまで!! ↓
kora2negi@gmail.com