『 ペルーの山奥のシャーマンたちの儀式 』 〜 これもまた、自分の「音」をさらに響かせるために大切なプロセスだったのでは… 〜
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自分自身がみたもの、のはずなのですが…。
メディシン…medicine 、薬。
これはラテン語のmedeor - 癒す、思う、熟慮する - 、が語源らしいですよね。
アヤワスカ・セッションの主たる意義の一つは、メディシン的なものであるのだと、太古の昔からネイティブの民たちから伝えられてきたものだとは、俺自身も知っていました。
しかし、ペルーの山の奥深くまで、何時間もかけて辿り着き、実際にそこで体験してみて…。
このセッションが示す、その、medeor 癒す…というものの意味合いが、現代医学でいう癒すとは全然別次元な、表層的な治癒ではないことを心から理解しました。
「パーティー」ではなく、「儀式」。
例えば、我田引水的に音で例えるのならば、「サイケデリック = ディレイやリヴァーブで音を水浸しにすること」というコンビニエントな方程式とは、それこそ八千八声の隔てがあるのだと思います。
都会ほどそれが解しがたく、その「気づき」に達する前に、都会的コンビニエンスの方に軍配が上がってしまうのであろうと今は感じるのです。
芳醇な自然の賜うた、神秘の植物が俺に見せてくれたもの。
俺の精神の奥の奥の、さらに奥の方に巣くっていた、病理。
それは、「おまえは、許せるのか」という問いでした。
…なんとなく、気づいてはいたのです。
日本を出る時から。
それを…見つめる旅なのではないか、と。
その「儀式」で受け取ったものは、科学的なものの治療のいくつかが陥っている、まっすぐに生きてまっすぐに死にたいのだという、生き物としての当たり前の希望を歪ませてしまっているビジョンなんかではなく、それはそれは人間味に満ちたメッセージでした。
(この言い方をするとまた一部の人から誤解されるのですが、俺個人的にはケミカルなものを全否定はできません。)
奇しくも、15年前に他界した親父が今際の際に呟いたメッセージと同じでした。
「許しあえる人間になれ」と。
まったく、あの神秘に満ちた植物は、なんていう宿題を俺に課したことでしょうか…。
ありがとうございました。
……… この夜の満月は、ayahuska から授かった聖なるメッセージと同じくらい、力強く輝いていました ……
追伸 : こんな殴り書きを…東京を出て旅に出る俺に、ヘッセの「メルヒェン」をそっと手渡してくれたアクさんが見てくれていたりしたら、少しだけ嬉しいのです。
……………
※ なお、何度か日本に帰ってからのライブのお誘いなどを携帯メール等で連絡もらったりしたらしいのですが、現在南米大陸にいるため、パソコンメールしか受け取れません。
おおよそ帰国するのが暮れ頃になると思いますが、それ以降の日本国内のライブのお誘い等々、ございましたら、下記、寝木のパソコンメールまで、お願いいたします。m(._.)m
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