googleのストリートビューでここ10年程の家の玄関の変遷を見た。

時間が経つにつれて玄関周りにあった鉢植えの綺麗な花や植木が減っていく。

車庫に以前はあった車も消えて、がらんとした車庫が今年の映像として残っていた。

見ていて涙が出て来た。

以前の玄関先は色とりどりの花が並んでいたのに今はコンクリートの階段がむき出しの状態だ。

 

父母(主に母)が植木を好んで買ってきて世話をしていた証がストリートビューに残っているのだ。

 

私は植物にあまり興味もなく、花のお世話も得意ではないのは分かっているので、そういうことには一切ノータッチだった。

 

こんな娘で申し訳ない、とそんな気持ちで胸が締め付けられた。

 

今後は何か綺麗にしようかな、とも思ったが昨今のこの夏の気温などを鑑みるに、やはりちょっと植物のお世話は難しそうではある。

 

母もかなり高齢であったが、これまではそこそこ年相応のボケ方だと思っていた。

しかし、やはり父の死後、記憶の衰えが加速した。

家族の死去は大きなストレス要因となり、認知症を加速させるとは聞いていたが、現実となってくると私にもまた大きなストレスが襲い掛かってくる。

うううう、不安だ~。

父の死がきっかけとなって初めて自分の属している(?)お寺の宗派のことを調べたりした。作法ややり方など何も知らなかったからだ。

うちは浄土宗、というのはずっと知っていたが浄土宗の教義等何も知らなかった。

 

しかし今は良い時代で、分からないことがあってもお寺に出向いて僧侶に直接尋ねることなく、ネットで簡単な情報なら手に入る。youtubeで公開している僧侶もいる。

 

お線香を立てる本数だとか、何と念じればいいのかとか、鳴らすおりんの回数だとか、今まで何も気にしてこなかったことを初めて知ることとなった。

まあ、死んだ父も知っていたかどうかは分からないけれど。

 

実は私は結構「宗教」というくくりは好きで、「宗教学」っぽいことが好きだとずっと思ってきていたつもりだった。しかし自分の属していると思われる宗派のことすら全然知らなかったとこの年になって初めて気づいた訳である。

「上座部仏教」という単語も初めて知った。もう「小乗仏教」っていうのは死語なのね。
 

ところで阿弥陀仏ってどなた? ゴーダマさんのお師匠に当たる人、という話も見たけれど、実際はどこのどなただったの?

 

 

相変わらず自分の体調に何か問題を見つけると不安に押し潰されてはいるけれど、以前から漠然とあった不安要素の出来事が現実となった。

 

親が死んだ。

 

ずっと「親が死んだらどうしよう」と思っていた。

自分の親は比較的身体が健康だったし頭も割としっかりしていたの介護の不安はあまり無かったが、今年に入って 介護か?→リハビリ入院→病気発祥→がんの転移発覚 の順で入院先で亡くなった。
これが半年くらいの時間をかけて起こったので、私も何だか怒涛の波に呑まれている様な感覚だった。

本人も次第に認知の衰えが見え始め、後半自分でどれだけ把握できていたかは定かではない。

私はがんの転移が見つかった時に医者からそれほど長くはないと言われていたり、たとえがんが無くても本人は当然後期高齢者で体力も今年に入って見る見る間に衰えていっていたので今後数年元気に生きている保障はどこにも無いなと思っていたこともあって、今年に入ってからは何となく覚悟はしていた。

でも、きっと秋ごろに旅立つのではないかと思っていた。しかし実際は夏だった。

 

今まで「どうしよう」と思っていた訳だが、今は「どうしよう」より「あれもこれもやることが沢山」な状態がまだ続いているので「どうしよう」を実感できるようになるのはまだ先なのかもしれない。

 

そして、もう一人の親はまだ健在だ。亡くなった方よりも更に高齢で自力で歩けている。しかしさすがに少々ボケも始まっている様で今後はこちらの方を「どうしよう」ともっと真剣に考えなければならなくなるだろうなと思っている。

 

 

だんだん親の介護問題が深刻になってきた。

まだ本格的な方々のご家庭と比べたら入口付近だと思うけれど、急な展開なので私自身が付いていけない。多分本人もついていけていない。認知症など精神方面の大きな衰えはないので、余計本人は戸惑っていることだろう。

 

私自身はあんまりというか、かなり優しくない性格なので、割と冷めた対処をしていくかもしれないなあと今から思う。