今年は本当にいろいろなことがありました。
病気を抱えながら、仕事をしていくということが、
これほど難しいこととは思いませんでした。
好きで病気になったわけではないし、
好きで学校を転学したわけではないのに、
書類見ると「なんか問題あるんじゃね?」みたいに思われるのが、
とってもしんどかったです。
というのもですね、私の持っている病気の系列というのが、
「うちで扱ってるメインの病気はこれとこれとこれだけど、
それ以外の疾患はうちでは受け入れられるかどうかわかりません」と、
デイケアさんから通達される病気なのです。
確かに、同じような疾患持ちの人間にとって、
同じ病名の人って、相当少ないと思います、はい。
だから、社会復帰のために、お役所に行ったり、
そのための施設を見学したり、いろいろなことをしました。
ただし、その場のすべてで、
自分が何が原因で病気になってしまったのかを、
思い出したくもないことなのに、話さなくてはいけなくなってしまいます。
いわば「セカンドレ○プ」ですね。
話しても、無神経な質問をされるだけなので、
そんなこと言われるぐらいなら、もーいいです、的な。
それに、世の中には、そういう病気から社会復帰を狙ってる人たちを、
食い物にしてボロ設けしている企業があることも確かです。
「就労支援」の名前のもとに人を集めておいて、
いろんなタイプの病気や障害を持っている人を全部いっしょくたに扱って、
問題が起こったら、ききわけのいい方に我慢させる、という。
おかげで私、同じところに通っていた男性につきまとわれて、
スタッフさんの見てないところで、襲われそうになりましたからね・・・・。
そのことをスタッフさんに言ったら、
「病人らしい格好をしてこないのが悪い」と言われました。
病人らしい格好ってなんぞや・・・・意味わかんない。
というか、やっぱり密室にそういう人たちが集まってると、
当然、人間関係トラブルが起こってきますよね。
特に、パソコン一台支給されたら、あとは好き勝手やっていいというとことでしたが、
そのパソコンでできることが限られているため、
結局暇をもてあました人たちが、他人を攻撃して暇つぶしをするようになるのです。
私もベル八先生のペンケースを持っていたら、
「坂本さん好きなの!あげないわよ!」といきなり怒鳴られて、
それから「いかに坂本さんが好きか」という話を延々張り合われて、
すさまじくげんなりしましたもの・・・・。
しかもベル八さんに迷惑かけた話まで武勇伝にするんですもの・・・。
で、もうそういう話は・・・となったら、集団で嫌がらせとかシカトですよ。
なので、そういうところにいても、なんのプラスにもならないので、
施設を移ることにしました。
少なくとも、おばさんたちのいびりに耐えているよりはましなので。
ブランクもできてしまうけど、自分に合う環境を探すためです、
こればかりは「いのちだいじに」としか言い様がない。
来年は、ちゃんと理解ある人たちの下で、
病気を治しつつ、社会復帰できるように、
マイペースでやっていきたいと思います。
まあ、その受け入れ先でさっそく「てめえなに言ってんだごらー」な事態に直面して、
先のことが不安で不安でしかたないのですが。
でも、今できることでベストをつくす。
そうすれば、きっと先のことも見えてくるだろうなと。
来年、どんな年になるかわからないけど、
少なくとも、今年浴びせられた理解のない言葉は忘れないし許さないし、
だったらやってやろうじゃねーか、的なものが強いです。
つくづく・・・妙なところで負けず嫌いですな、私。
しかし、こうやって「どうして病気になったか」を、
公的民間いろんなところに説明してみてわかったけど、
お役所仕事って本当にムカつきますね(笑)
向こうは悪気ないと思うから、余計にな・・・・・。
あと、そういう病気の人の共済プランとかも、
誰からも教えてもらえなかったし、
この病状だったら、国から補助が出るとかもまったく知らなかった。
なんかもー、いろいろ言いたいことがありすぎて爆発しそうです。
仕事を選べば仕事があるなんて幻想です。
体力がいる飲食業に、健康に不安のある人間がなれるわけないし、
今の日本て、そのへんすごくミスマッチなんですよね・・・・。
なんかいろいろ言いたいけど、言ったところで「お前が言うな」なので、
強気で議論に挑めないところも、ちょっとなんかなーって。
もう少し、人と違うこと、病気を抱えながら働くこと、
人として最低限の尊厳を保つこと、
そういうことに配慮してもらえないのかなと思う今日このごろです。
特別扱いしろとはいいません、
せめて、普通の人間として、普通に生きたいだけなんです。
私の願いは、それだけです。