課題が終わってないので帰省してプレゼント渡すことも、
今日届くようにギフト発送することもできず、
めっちゃ親不孝な娘だなと思いますわ(^^;)
今でこそ、まぁそこそこ良好な関係を築けてますが、
実家にいたころは母親とケンカがたえませんでした。
今だから言えるけれども、
あまりにもケンカで私が傷つくのを見て、
父親が母親と別居を考えたぐらい、
壮絶な母娘ケンカが起こっていたわけですよ。
ぶっちゃけ今でも、母のような大人にはなりたくないって気持ちは強いです。
子供の頃から母親は「一番近くにいる敵」でした。
元々先生をやっていたせいか、
教師という職業を神かなにかのようにあがめているように見えて、
「先生の言うことはきちんと聞きなさい。
先生は間違いなど起こすわけがない」ってスタンスの人で。
でもある程度年齢がいくと、先生も人間だし間違いも犯すってことを知るし、
どうしてもそれは聞きいれられないって話も出てくるわけですよ。
小学校4年生ぐらいかな、いじめがひどくなった頃から、
自分を守ってくれないどころか、
いじめを主導する教師に反抗するようになってから、
母親との間に溝ができはじめました。
教師を全面的に信用している母親と、
教師を全面的に信用できない私。
何が起こっているか知ろうともしないで、
(ってか知りえる手段ないんだよね。学校は密室だし)
「先生は偉いんだから言うことを聞きなさい」
どんなに相手に全面的に非があったと言っても、
「本当にあなたも悪くないって言えるの?」と言い続ける母に、
次第に不信感が芽生えていったのを覚えています。
中学の時それは拒絶に変わり、
母親と一切口をきかなくなりました。
理由はたくさんあるし、長くなるから全部は書かないけれど、
当時の私は、
「別に『けいこ』が娘である必要はないんだ。
自慢できるできのいい女の子であれば、私じゃなくてもかまわないんだ」
と、強烈に思いこんでいましたから。
今思うに、
母親の方も戸惑っていたんだと思います。
自分が信じていた「教師」というものがガラガラと崩れていく中、
娘を守らなくてはいけないけれど、
相談できる人もいなくて、どうしたらいいかわからなかったと思います。
どちらかというと基本受け身な人なので、
自分から何かをするってことがないんです。
そういう人が、教育委員会とか、メンタルクリニックとか、
いろんなところに走り回ってくれましたから。
そういう意味では、すごく感謝してます。
当時は、そのありがたみが全然わからず、
「余計なことしやがって」ぐらいにしか思ってなかったんだよね・・・。
今、親元から独立して、
やっと母親のありがたみが身にしみるようになりました。
てか、家事全般がこんなに負担のかかることだったとは・・・・。
母は偏食の父親のわがままにもめげず、夕飯のメニューを考えてたし、
韓国ドラマとK-POPにはまって日々楽しんでるみたいですし、
やっと親離れ子離れができたのかな・・・と。
ってなわけで、なんだかんだでやっぱり母には、
ありがとうという一言を伝えたいです。
どんなにから回っても、どんなに「そりゃねーだろ」でも、
私のことを思って行動してくれていたことには変わりないから。
来週、一週間遅れの帰省をして、一週間遅れの母の日をしようと思います。
げ、プレゼントまだ決めてない(^^;)