「バンディエラ」という言葉があります。
イタリア語で「旗手」「旗頭」という意味。
実はポルトガル語だとばっかり思ってました、という話は置いておいて。
ベルマーレの「バンディエラ」坂本紘司。
チームの顔、チームの象徴、ミスターベルマーレ。
ベルマーレの歴史の生き証人。
そんな紘司さんが、今季限りで現役を引退することになりました。
このことについて何度か記事を書こうとしましたが、
どうぶつの森に時間とられて書けなくてね。
そりゃそうだ、私がベルマーレを応援し始めるきっかけをくれた一人だし、
一度ベルマーレから距離を置いていたけれど、
もう一度ベルマーレに戻ろうと思ったのも紘司さんがいたからだし、
自分で初めて「サインお願いします!写真お願いします!」ってお願いしたのも、
紘司さんだったりするわけだ。
そりゃ思い入れ強すぎてまとまるわけがない(^^;)
ちょうどレポートやらテストやらぶつ森やらもあったし、
あまり感情入れすぎて某潮田さんのブログみたいに、
勝手に曲がつくような文章をアップするのも恥ずかしい(^^;)
昨日も甲府の荻くんの「僕と契約してミューズになってよ」騒ぎもあったことだしね(^^;)
・・・はいもうすでにまとまってないですね(^^;)
いやね、真面目な話をすると、
実家には当然のごとく私の写真を集めた成長アルバムがあるんですが、
それ、中学の入学式で止まってるんです。
不登校になってすぐの時かな、
私が「やめてくれ」って親に言ったんだよね。
カメラ向けられても笑えないし、そういう作り笑顔を記録しておくなら、やめてくれって。
そんな私が、当時紘司さんがジュビロサテライトの一員として、
ベルマーレの昔の練習グラウンド大神に来たとき、
試合後クラブハウスに向かおうとする紘司さんを、
必死で呼びとめて「写真お願いします!」って。
今思えば、あれだけ写真残されるの嫌がってた自分が、
よくあの時一緒に写真撮ってくれってお願いしたもんだなと。
それからは写真も、当時流行り始めてたプリクラも、
なんか嫌がらなくなった記憶がある。
今はむしろ率先して写りますよ(笑)
それも紘司さんのおかげっちゃおかげなんです(笑)
実は紘司さんと撮ってもらったツーショット写真って、
これ含めて2枚しかないんです。
だっていつも紘司さんのまわりは人だかりができてて、
近寄れないんですもの(^^;)
それに当時はヤス君最優先だったから、
ダブル王子をコンプリートしようとしたら相当な労力がいるわけで(^^;)
ちなみにそのもう1枚ってのがいつのかっていうと、2年前ですね。
馬入の交流会のときです。
なんと、13年ぶりの2ショットだったわけですよ。
13年もたてばいろんなものが変わります。
場所は同じベルマーレの練習場だけど、大神ではなく馬入だし。
昔は親と試合見に行っていたけど、
その交流会はアネゴ隊のお友達と一緒だったし。
そしてカメラがフイルムカメラからデジカメに進化。
ついでに言うと、昔の2ショットは大事にアルバムにしまってたけど、
馬入でのツーショットは普通に部屋に飾ってますからね(笑)
もし家に男の子が来ることになったら、
真っ先に隠さなきゃいけないものと化してます(笑)
その話を友達にしたら「薄い本よりはマシだと思う」という答えが返ってきましたが、
いや、私薄い本買ったことないし、そういうのの即売会にも行ったことないから!
(どこにむかってのアピールだ・^^;)
話戻しまして。
その写真見てたら「ああ私も自然に笑えるようになったんだ」と思って、
なんか急に涙があふれてきたのを覚えています。
15年以上かかったけれど、私ちゃんと人前で笑えるようになったんだ、
作り笑いじゃなくて、ちゃんと笑顔になれるようになったんだ・・・・。
本気で生きる気力失ってたといっても過言じゃなかったどん底から、
私は這い上がってきたんだ、それに自信持てよと。
そう思えたことに、なんかまた泣けてきてね。
今でも時々しんどくなることはありますが、
ベルマーレや紘司さん、ヤス君がきっかけで仲良くなった人たちや、
アネゴ隊の皆様、それにサークルの愉快な仲間達、松本拓也を愛でる会のみんな、
学校のカウンセラーさん、
それに私の無茶な提案を「面白そう!やってみ!」と背中押してくれた先生、
ほかにも数えきれない方々。
今の私は一人ではないですからね。
親とも、一人暮らし始めてからは、
時々「おいこら」と思うこともあるけれど、それなりにいい距離感保てるようになったし。
そうやって人といっぱい接するようになってから、
余計に紘司さんの偉大さっていうのもわかるようになって。
どんなにつらい時も笑顔を絶やさずに、ユーモアを忘れずに。
いくつになっても、想像の上をいくようなことをやってのける力があって、
ファン感ではファンを盛り上げるために女装したり歌まで歌ってねー。
ベル八先生だって、紘司さんのあのキャラクターがなければ、成立しなかった企画だと思います。
それに、最年長なのに、下から数えたほうが早い選手に、
「紘司さんが一番ノリが若い」と言われる無邪気さも持ち合わせていて。
さらにさらに「ベルマーレの選手に聞いた女だったら彼氏にしたい選手」
堂々のダントツナンバーワン!同性も認めるその魅力!
果たして、坂本紘司に欠点はあるのか。
それにジュビロ時代の紘司さんのファンって、
「ジュビギャル」と呼ばれていた女の子サポーターが多かったんですが、
(当時のサッカーaiは別名ジュビロaiと呼ばれるぐらいジュビロの選手の露出が多かった)
ベルマーレでプレーするようになってから一気に男性サポーターが増えましてね。
ある方(♂)など「俺のこーちゃん」と勝手に紘司さん所有してましたから(笑)
もちろんうちの両親(特に父)も紘司さんが大好きだし、
他チームのサポーターだけど、紘司さんだけは大好きだから、
なんとかうちのチームとの対戦のとき、
紘司さんにサインもらえないかって言ってた人もいたなぁ。
それに筋金入りの人だと、紘司さんが静岡学園3年の時でた高校選手権の、
伝説のバックヘッドから話が始まることもあるわけで。
当時の写真にサインを求められた紘司さんが、
ついったーで「ちゃらいな俺、髪切れ」とつっこんでましたね(^^;)
っていうか、当時の写真と比べてもまったく変わらない美貌というか、
年を重ねるごとにますます男前になっていく紘司さんのかっこよさを見ていると、
難しいとは思うけれども、ああいう風に年齢を重ねたいなと。
ま、私も年齢不詳さだけは紘司さんに負けてないからね!(^^;)
最初紘司さんがベルマーレに来た時は、
「社長のコネだ」(当時の社長はジュビロ関係者だった)
「怪我抱えた選手をとってくるなんて」と、散々バッシングされていて、
その年開かれたグラウンドでのファンとの交流イベントで、
同じ大神で、2年前女の子に囲まれていた紘司さんが、
ひとりぽつんとサイン会ブースでペンを持っている、という現場にも出くわしました。
もうあの時の子たちは、紘司さんに興味をなくして、
他のイケメンのところに行ってしまったんだろうか。
世間的には坂本紘司は終わったと思われているのだろうか。
そう思ったら、なんか私の方が悔しくなった記憶があります。
まぁその次の年の開幕戦でスタメンで出て、豪快にゴール決めてからは、
もう紘司さんを悪く言う人なんていなくなって。
ヤス君のファンサイトやりながら、
「実は紘司さんきっかけでベルマーレ見るようになった」って公言してたからな私(^^;)
ヤス君の移籍後、少し離れていたベルマーレの試合を久しぶりに見に行ったとき、
「今度こそこの人を堂々と応援しよう」と、
8番のTシャツを購入して、それが去年まで現役でしたね。
普通にそれ着てアネゴ隊のお友達とみなとみらいでケーキバイキング行って、
「ってかユニフォーム姿でみなとみらい歩いてて大丈夫なんですか!?」と、
つっこまれたぐらい身になじんでいたともいう(^^;)
ま、とにかく。
ヤス君もそうなんだけど、紘司さんも同じぐらい私にいろいろなことを教えてくれた人。
これからもずっと私の憧れであることには変わりはないです。
こんなんだからベルサポのカウンセラーさんに、
「あなたっ!坂本さんと永木くん以外に気になる男の子いないのっ!?」
などというツッコミを食らうはめになるのだ・・・・(^^;)
ま、そこで「菊池大介!」とボケ返した私よ、いい加減自分の年齢を自覚しなさい(^^;)
来月にはさんじゅうか・・・はぁ。
改めまして、紘司さん現役生活お疲れさまでした!
次のステップでの活躍をお祈りしています。
そして、いつまでもあなたのファンでいさせてください。
本当に、ありがとうございました!(ぺこり)