なんだかんだで生きてこれたのは、

私を支えてくれた両親や友達、

そして私を過去に散々痛めつけてくれた人たちのおかげだと思ってます。


ちょうどいい機会だから、まとめておこうと思うんだけど。

私って「逃げの一手」に打てそうなもの大量に抱えてるのよね。

いじめ経験、不登校経験、病気もそうだし、

過去を理由に目の前の出来事から逃げることなら、いくらでもできたわけですよ。

この17年間、それを一度もせずに生きてきたことが私の誇りであり、

自信になっていると思います。

昔はメンタル面やフィジカル面がまだ弱かったので(スポーツ選手か・^^;)

そういう生き方をするには、どうしても無理をしなくてはいけなかったのですが、

今は無理をしなくても、堂々と「それがどーした」と言えるぐらいに成長しました。


まぁ病気の件は、日常生活に支障が出てしまうので、

多少配慮してもらわないと「普通」の生活するのにちょっと問題があるので、

それを説明しないといけないってのはあります。

でも病気を理由に物事から逃げたり目をそむけたりするのは、違うなって思って。

できる限り、自分のことは自分でやろうと。

これまでもそうだったし、これからもそうやって生きていくんだろうな。


なんかね、17年もたってしまうと、

うらみとか、憎しみとか、もうないです。

そのかわり、許す必要もないと思っています。

許してもらえると思ったら大間違いですよ。

それだけのことをしたんですから、あの人たちは。

彼らになにかの機会で再会したとしても、

「元気だった~?」とだけは言われたくないですね(笑)

このやろう、あんたたちのせいでどんだけ苦労したと思ってんだっつーの(^^;)

(現にそういうメッセがmixiで飛んできました。笑うしかない)


さっき書いた「過去を逃げ道にしない生き方」ですが、

私は「だからどうしたの精神」と呼んでいるんですね。

いじめにあった、だからどうした。

不登校だった、だからどうした。

大きな病気をした、だからどうした、と。

そう言い切れるようになったのも、つい最近の話で。

やっぱりちゃんとやってたことが、認めてもらえるようになったというのが大きいのかも。

文章書くことはまんまレポート書いたりするのに使えるし、

声優や演技の勉強で学んだこと、

ステージ度胸や発声は研究発表の時にすごく役立ってます。

ある人が言っていたんだけど、人生に無駄なものなんて何もないんですね。


まぁ、ナショナリズムについて考える授業で、

「国家や民族なんて一つの単位でしかない、

 それにとらわれていては真の友は見つけられない」

とえらそーなレポート書いて提出したり、

スペイン語の授業で行った国際交流イベントで、

スペイン語じゃなくて中国語話して帰って来たとか(爆)

日々がネタまみれでございます。

こんな日々も悪くないどころか、今は楽しいと胸をはって言える自分がいます。


この世のすべてに、ありがとうと伝えたいです。


そして、

娘よりミーハーでイケメンの好きなお父さん、

ケンカばっかりだけどなんだかんだで嫌いになれないお母さん、ありがとう。


さねやんさん、なおこさん、ひーこさん、アネゴ隊の皆にありがとう。


いつもコメントをくださるゆーさん、ありがとう。


その他にも、ありがとうを言いたい人がたくさんいます。

今の私は生まれてきて本当によかったと思えるくらい幸せです!

でもまだまだ足りないので、もっと幸せになるために欲張って生きていきます!(笑)

だって、満足したら終わりって言うじゃない(^^;)


と、まとめて書いてみましたが。

なんだろこの文章全体にただよう最終回フラグは(爆)

びじゅあるかるちょ、まだまだ続きますよ!


あ、まだまだ続きますって番組終了直前にいう言葉か・・・・(おい・^^;)