ずーっと、10年くらい
感情はコントロールできるものだと思っていた。
もし、タイムマシンができて10年前の自分に会えるなら
こう伝えるだろうな。
「感情のコントールをしようと思っている時点で、
そもそもお前は根本的に履きちがえてる。」
感情って子どもみたいなものだと思うんだ。
感情をコントロールしようとすることは、
子どもをコントロールしようとすること。
自分の子どもをコントロールしようとすること自体がそもそもおかしい。
コントロールって上のものが下のものにする響きがあるじゃん。
親に上から目線全開で、「~するな」とか「~しろ」とか
言われると反発したくならない?
私はすっごいイライラするんだ。
たとえ、言っている内容が正しかったとしてもね。
子どもも感情も過干渉すぎるのはダメってことだ。
念のため言っておくが、私が言っているのはキレイ事だ。
子育ては甘いもんじゃない(子どもいないけど、そう思う。)。
大変なことも山ほどあるだろうし、
ときにはコントロールしたくなるだろう。
コントロールしたくなるときがあって
してしまうのはしょうがない。
ただね・・・
子どもを上から押さえつけるだけではなく、
きちんと個性を尊重してあげて、愛情を伝える重要性はわかっているでしょう。
なるべくその機会を増やしてあげることだ。
感情についてもまったく一緒。
普段、私たちは感情をコントロールしようしている。
結果、抑圧してしまっている。
普段、感情にしていることは大きく2つにわけられる。
・コントロールしようとして抑圧
・表現
例を出そう。
仕事で明らかに上司のミスなのに理不尽に怒られた。
思いっきり言い返す、(←表現)
そんなことができたらいいなあ。
でも、怒りを表に出すのは社会人としてかっこ悪いから
我慢しておこう。(←抑圧)
・・・・・・
・・・
せめて、愚痴として吐き出せればいいけど、(←表現)
うつ病になる人って生真面目だから、
「愚痴は吐き出すべきではない。」と思う人も多いんだよね。
てか、私がそうだし。
こんなことが積もりに積もると大変なことになる。
子どもの行動や欲求を抑圧しまくって、
「あなたの考えは間違っている」「私の言うとおりにしなさい」
「~するな」「~しろ」って言い続けるようなもの。
20年間この調子だと、その子どもはどんな大人になるかな・・・
ちょっと想像しただけで恐ろしい。
感情に話を戻そう。
ではどうすれば良いのか。
・抑圧
・表現
ではなく第三の道がある。
・解放 だ。
ちなみに解放=手放し=許し、
とほぼ同義語で捉えてもらってかまわない。
さっきの仕事で上司に怒られた例で言うと
発散するためにカラオケで思いっきり歌うことが解放にあたる。
思いっきり泣ける映画を見ることもそう。
解放の特徴は、抱えてた何か(多くの場合モヤモヤしたものや、どんよりしたもの)
がほどけていってスッキリすることだ。
そして感情の解放を意識的にやるのが
私が使っているセドナメソッドである。
セドナメソッドを続けると、怒りや悲しみの感情がおさまることが多い。
結果だけを見れば、感情のコントロールができているようにも見える。
だが、過程がまるで違う。
ありきたりの表現だが、月とスッポンくらい違う。
◇感情の抑圧によるコントロール
感情をおさえつけてコントールしようとすること。
◇感情の解放
もともと持っていた感情にとらわれなくなること。
セドナメソッドだけが感情を解放する方法ではないし、
そもそもそんなことしなくても、発散するのがうまい人もいる。
でも、私みたいに発散するのがド下手くそな人は
やってみるといいかもしれない。
感情をコントロールしようとするよりは100倍良い方法だ。
少なくとも、
・抑圧
の頻度を下げて、
・表現
・解放
の回数を多くとるといいと思う。
そしたら結果として感情をコントロールできている自分に気付くだろう。