コミュニケーションを学ぶ。それは相手を包み込むため
コミュニケーションのスキル。それはなんのためにあるとあなたは思いますか?
相手を論破するため。はぐらかして自分の思うように行動させるため。なにかを一方的に売りつけるために、それは学ぶ必要のあるものでしょうか。
家族の関係も、恋愛も。ビジネスも、アートも。
突き詰めるとすべてが『コミュニケーション』に帰結すると私は考えています。
それは対ヒトだけではなく。ただ生きているだけでも。自然であったり、生命の宿っていないモノが相手であったとしても。
自身にそれとコミュニケーションするスキルが足りていなければ、相手はよいレスポンスを返してはくれません。
相手をやり込めるためではなく。相手をより大きく包み込むために、コミュニケーションのスキルを学ぶ必要があると私は思います。
言い換えれば『上手に負けるため』にコミュニケーションを学ぶ、ということです。
それをするためには、少なくとも相手の10倍は。コミュニケーション能力に長けている必要があるのです。
水のように。変幻自在に相手を包み込む。出会う人、ものごとによって自分のかたちを変えることができる。
それはなんでもかんでも相手に合わせる、ということと。似ているようでまったく違います。
なんでも相手の言いなりでは、その人を尊重しているようで相手のためにはならないでしょう。
併せ過ぎないようにしっかりと自分の軸をもちながら。しかし基本は相手にあわせてあげることができる。
そのためにどうして相手の10倍もコミュニケーションに長けている必要があるのか。
それは私たちがいとも簡単に、感情の奴隷になってしまう生き物だからです。
映画やドラマ、音楽を楽しむことができるのは。そこに『感情をともなったドラマ』があるからです。
しかし私たち自身がドラマのなかに入り込んでしまってそれを鑑賞できないのではつまらないでしょう。
自分自身を。自分自身の感情を『外から』見ることができれば。自分自身の人生をドラマを観ているように楽しむことができます。
そのためには自分をコントロールし、適切なレスポンスを返す能力。つまりは本当の意味で優れたコミュニケーションスキルが不可欠なのです。
これをこうするとそういったコミュニケーションスキルは上がりますよ、とお伝えしたいところですが。
そういったものがないわけではないですが、それはどちらかと言うとテクニックというよりここまで書いたようなことを本当の意味で。腑に落としていただくことだと思います。
しっかりと方向性をもって、淡々と。粛々と。小手先ではなくそういった積み重ねをしていくことによって。
『本当の自信』『簡単には揺らぐことのない自信』があなたに備わっていきます。そうすれば自然と、相手を言い負かしたり、その場限りの『勝ち』にこだわることが減るでしょう。
それが遠回りのようで。近道だと私は思うのです。テクニックはスパイスのようなもの。メインの料理(自分)がマズいのではどうしようもないのです。