6歳の娘が鼠径ヘルニアの手術をしました。
もう一年以上前のことです。
流れの分かる細かい記録をとりたかったのですが、その頃はバタバタしていてほとんど記録も記憶も残ってません。
メモ書きや資料をたよりに記録します。
年長さん、6歳の時
2012年 9月13日 鼠径ヘルニア手術施行。
その前のことを振り返ってみよう。
2011年
娘は鉄棒が大好きで年中さんになってからは幼稚園でそればかりやっていました。
腹圧はかけてはいけないのに、おそらくこの頃にはヘルニアになっていた。
お風呂あがりにおまたの横がうっすら盛り上がっているような…ということは何度かあった。
でも次の瞬間にはないような…?
パパに聞いても、気のせいだろうと言われた。
毎日ではなくたまーーーにだった。
影?とも思ったくらい薄っすらだった。
2012年 6月
第三者のババが発覚して言ってきたので、やっぱり目の錯覚ではなかったんだ。
私が初めて気づいて見間違いかな?と思った時より半年は経っていた。
急いでネットで調べたら鼠径ヘルニアの疑いがかかった。
鼠径ヘルニアは小児外科です。
受診しました。
「昔はいろいろ言ったけど、手術しないと治らないから」と言われた。
「お母さん見たのね? 出てるところ見たのね?」と目視確認したかと何度も聞かれた。
大きな病院を紹介されました。
鉄棒禁止令がくだり、幼稚園に病名と運動制限について連絡した。
2012年 7月20日
総合病院へ
紹介状を持って予約してるのに長時間待って受診。
ヘルニアが出ているところを見たかと確認して、次回手術の話をしましょうとそれだけで終わった。
しかも次回から違う先生だ、今日は一体なんの意味があったのだろうか?
まー仕方がない。
2012年 8月7日
娘の状態は、入浴後や夜になると必ずヘルニアは出ていた。
ピンポン玉くらいのおおきさかな?
朝はひっこんでいる。
今までも痛みを訴えたことはない。
担当医、受診。
またまたお母さんの目視確認を聞かれた。
この時の質問の答えがメモにありました。
手術の傷は3センチくらい
手術の時間は1時間くらい
痛みは少しあり数日くらい
幼稚園は次週から行っていいなどと見通しがついた。
手術の日程が決まった。
入院、手術、退院の3日間。
入院前日に外来検査を含めると4日間でフィニッシュ。
それまでの運動制限について
HIPHOPダンスの発表会、組体操、リレー、綱引き、プール、ゆぶねOK
なぜにゆぶね?メモに書いていたから聞いたのは私なんだけど。。。
鉄棒、うんていNG
この頃は運動会の練習が始まっていた。
年長さんなので組体操をするんだけど、腹圧がかからないように上になるとか下になるとかいろいろ配慮してくれた。。。のに本番は手術後なので今度は触ると傷が痛いなどで組体操の立ち位置がまたまた変更になってしまった。本当に申し訳ない。
私は質問をメモしていってドクターの前で書き留める習慣があります。
そのメモの中にはうんちをふんばってもいい?泣いても大丈夫?などと書いているけど結果が書いてない。
多分問題ないのだろう。
手術までに痛みを訴えるようならすぐに来てくださいと言われた。
この診察後だったかある日、怒られて大泣きしているところたまたまヘルニアを見た。
通常と違って驚くほど固くて形がくっきり出ていた。
怖かった。
もう泣かせまいと思った。
8/19のダンスの発表会も影響はないか冷や汗もんだった。
手術日が近くなるにつれてヘルニアが出ていることが多くなった。
それでも出っ放しってことではない。
ひっこむこともあったのだ。
2012年 9月11日
入院前日 外来検査
血液検査、心電図検査、レントゲン検査、麻酔の説明がされた。
採血は初めてで怖がって時間がかかった。
A型だった。納得。
全身麻酔の説明で同意書にサイン。
診察はなくこの日はこれで終了した。
2012年 9月12日
入院
感染病にかかったり、予防接種を受けたら手術はできません。
万全な状態で挑みます。
まずは診察。
酸素、熱、血圧測定。
病院から言われた持ち物は洗面道具、前開きパジャマ、ポカリスエット、おむつ。
他にDVDプレーヤー(DVDはバカ殿様)、DS(ソフトはニンテンドックス)を持参した。
ネームバンド装着。
活動自由。
入浴施行。
夕食までは食事制限なし。
夜、浣腸 我慢できずに速攻出した。
今日一日、娘は機嫌も普通で文句も言わずに通常通りだった。
2012年 9月13日
手術当日
5:50 水 100mlとメモがあるけど6:00までしか経口摂取してはいけなかったのだろうか?変な時間に飲んでる。
7:00 起床 便(-)尿(+)血圧94/68くらい
11:15 手術開始
病院内での連絡用の携帯電話を持たせられ娘とは手術室前で分かれた。
1時間くらいで終わるからお母さんはお昼でも食べていたらというかんじだった。
そんなにラフに待っていていいの?と思ったけどラーメン食べて1時間待った。
まだ連絡が来ない。
大体1時間と言われるとそのあたりから緊張が高まった。
1分さえ長い。
12:15 結局時間通りに娘は無事手術室から出てきた。
こんな時、先生の最初の言葉、表情は家族にとってとても大事だ。
ホッとする一言を…、ひたすら願って第一声を聞く。
そして安心を得て感謝します。
12:15 点滴してる きもちわるい いたいと言う
12:34 坐薬使用 酸素中止
13:06 寝た
13:30 熱 36.1℃
14:20 熱 36.5℃ 血圧 103/72
15:30 起床 36.0℃ ポカリ100ml 足痺れる
15:55 水 一口
16:10 先生 回診 【仙骨ブロック注射 明日にはしびれはとれる】とメモがあるけど…
16:30 ポカリ50ml
17:00 36.5℃ 車いすにてトイレ 尿(+) 左足しびれ大丈夫なときあり。 ポカリ20ml
18:30 車いすにてトイレ 尿(+) 夕食 寝ながら一口ぐらいづつ食べ始めた。ゼリーひと口アイス半分なんて今までならあり得ない。さすがに術後は食欲がない。
最後の方は起き上がり重湯など少々食した。
座るのが痛かったんだと思う。
19:30 DVD見てる
20:10 尿(+) 35.7℃ 歩行時に痛みあり 回診
21:00 尿(+) 歯磨き
23:30 泣マークがメモられている。 坐薬使用 尿(+) 痛くて泣いたんだろう。
2012年 9月14日
7:00 起床 36.9℃
7:30 歩行にてトイレ 尿(+) 血圧 83/67
8:20 ご飯半分 起きていられない
8:30 36.5℃
朝食時間に起きていられないとメモがあるのに、昼には自転車の後ろに乗せて帰宅したことを今思い出した。
すごく痛がったりしなかったとはいえ、配慮が足らなかったと反省。
術後、発熱もなく、強い痛みもなく経過良好で退院した。
この後も問題なく経過した。
記憶と記録がないのがその証拠だろう。
家の中では半笑いで「痛い、痛い」と言いかばいながら歩くが筋肉痛程度の痛がりだった。
普通に部屋遊びしてました。
14日に退院して16日には遊園地に行って遊んでいた。
娘は楽しんだし痛みもなくなっていたようだけど、親としてはもう少し休ませればよかったと反省。
傷は最初の頃は色が少し濃かったが大きくなれば皮膚も伸びて薄まるだろうと思っていた。
1年2か月経った今は、他の皮膚色と変わりなく目立たない。
少し白光りする程度です。
皮膚が伸びるほど成長したら傷跡は消滅するのではなかろうかと思うくらい。
今回、娘は左の鼠径ヘルニアを手術しました。
これは記憶が定かではないのですが、5人に1人はもう片方もなる可能性があると言っていたような。
それならもう片方も調べて悪ければ治してくださいと言ったらそれはできないとのこと。
だから目視確認が重要なのかと思いました。
細かい説明など出来ず噂話のようですみません。
費用は9/12~9/14の領収書 1040円でした。
あとは付き添い宿泊のベッド代2日間で 700円です。
元気時に売店でガムやグミなどおやつに使った 2702円。これが一番高いなんて…
坐薬:200mg アンヒバ坐薬小児用 を使用。 入院中術後に使用したのみ。
他、薬なし
鼠径ヘルニアの発見遅れや術後の行動など親として反省ばかりです。
娘は痛くて泣いて心配かけるとか、だだをこねて困らせることもなく、受診、検査、入院などへでもないような顔して朗らかにこなしてくれた。
大人な私でもこうはいかないだろうと思う。
私が頼りない親だから、このような結果にしてくれるのか。
6歳の娘に感謝です。
更に予想外のことがありました。
「傷跡が残る…」と気にしているようにつぶやいたのです。
私は健康体を目指して治療した結果の傷跡は勝利の勲章でしょぐらいに思っているので、そんなことを気にするなんて思いもしませんでした。
それは”他の人と違う”という子供なりの複雑な意味があるらしく。
そんなデリケートな部分に私は驚き、情けないことに想定外だった。
傷痕を気にする娘にどう伝えたらいいのだろうか?
まさか傷跡をそんなに気にするとは思いもよらなかった母の言葉は筋違いに聞こえるかもしれないけど「悪い病気をやっつけた強い子がもらう勝利の勲章だよ」としか言えなかった。
あとは大きくなれば皮が伸びて見えなくなるとか、ママもここに傷があるよーとか…
同室の8歳の女の子のお母さんに聞いてみたら、やっぱり同じような事言ってるようだった。
娘はその後、すごく気にし続けている様子はなかった。
幼稚園で着替えがあっても特に何も言ってはこなかった。
おそらくこの様な時のことを気にしていたのだと思う。
1年2ヶ月経った今は「傷はどこでしょ~」とか言ってふざけている。
重く受け止めるほどではなかったのだろうか?
それでも母としては一応予想しておくべき部分だったとまたまた反省しました。
今回の入院でいろいろと考えさせられました。
小さな子供たちが沢山の我慢をしていました。
甘いお菓子が食べたい子供なのに飲食の制限に駄々をこねて大泣きする子はいなくて。
手術前の飲食の制限や麻酔覚醒後の不快、傷の痛み、傷に対するショック、小さな手に点滴して板添えられながら頑張っていました。
ほんとによく頑張っていました。
長文読んでいただきありがとうございました。
皆様のヘルニアが快方にむかいますように。