クローバー幼少期の私

クローバー母と私


                     
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私がHSPという言葉を知ったのは最近の事。。




注:HSC =人一倍敏感な子    HSP = 人一倍敏感な人)





エイレン・アーロン博士のサイトのHSP(Highly Sensitive Person)
診断テストによると20個にあてはまった。

HSPは病気ではなく特徴であって、知ったところで何かが変わるというわけではない。

でもHSPに関するいくつかの記事とかHSPの方のブログを読んでいると
「分かる、分かる~」と共感できることが多くあり、

「私と同じような事を感じてる人がいたんだ・・」ということを思った。


上記の“ひといちばい敏感な子”という本も読んでみたりして
「あぁ、だからそうだったのかな。」と、過去のいろんな出来事の点と点が線になった。



そして何よりとても、、、


楽になれた。。。照れキラキラキラキラ




ずっと、昔から根底にかかえていた疑問が解けたから。


それは



「なんか、分かってもらえない」


「なんだか他の人より疲れやすい」


「普通の人を演じよう」と思ってしまう


というような想い。。

最近は
「起きてるだけで吸収しすぎてしまう」という内からのメッセージもあり、、


なんでこんな気持ちになるのか分からず、ずっ~とモヤモヤしていたし、私って弱いなぁ、私って体力ないなぁと自分を責めたりしていた。



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時はHSPを知って思い出した10代にさかのぼる。



力仕事をしていた父は何をするにも大きな音をたてる人だった。仕事で嫌なことがあったときは帰ってきて怒鳴り散らした。

ドアを開ける音、階段の足音、怒鳴り声。
本当は怖かった。ストレスだった。

けど、あの時の私は「もう慣れた」と言って怖くないふりをして感情に蓋をしてしまった。



中学受験をした時、私は第一希望の中学に落ちた。でも私はそんなにショックでもなくぼんやりしていた。(あまりそこに私の意思はなかった。なんとなく受験する流れになったから。。

それより結果を見て帰ってきた母のイライラが怖かった。私をガミガミ怒るということはなかったけれども、身体中から発せられるイライラのオーラ。

今にもおかしくなってしまうんじゃないかという怖さ。。

今までにも何度か感じてた。




“母の気が狂れそうな瞬間。。”




それを全身で感じてしまった私もおかしくなりそうだった。


厳しくされたストレスと、自己否定の塊は内に内にこもっていき

体は動いてるのに生きてる気がしないという状態になり


高校生になったあたりから




リストカットをするようになった。



私は自分で自分がなぜそんな行為をしてしまうのか分からずいろんな本を読んだ。

最終的に自分なりに得たリストカットをしてしまう心のメカニズムを理解したのはもっと後のことだ。

今は私にとって過去のリストカットは死に近づく行為に見えて“生きたい”の裏返し”だったのだと思っている。



苦しかったし辛かったけど、


こういう気持ちを経て、、、


こんな過去の経験や痛みや私の感覚とかいろいろ全部キラキラ



今となっては




私の人生の大切な財産です赤薔薇

私にだけしかない財産です赤薔薇




物事に“良いも悪いもない”のだから。



その時生まれる感情を拾い上げて
自然な流れに乗っていきたいキラキラ



そしてもう隠さずに素直な私を周りの人に伝えていきたい照れキラキラ






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