2年前、病院に実母の見舞いに通っていたころの話 

同じ病室のお婆さんAが母の隣に寝ているお婆さんBのベッドの方を指さして 

「看護婦さん、あそこの壁から黒い虫みたいなものがたくさん出てきよる。あれは何やろうかね?」 

指さされた壁を見ましたが私には何もみえませんでした。 看護師さんは「もうっ!そんな怖いこと言わんで!」と言いながら病室を出ていきました。

 次の週、病室に行くとお婆さんAとBが寝ていたベッドは両方空になっていました。 母に聞くと「急にいなくなった。」と。

 それから暫くして母は、以前隣のお婆さんBがいた壁をじっと凝視するようになりました。 なんだか怖くて「お母さん?どうしたの?何か見えるの?」と話しかけましたが、意に介さず無言のままじっと凝視していました。 

その数日後、母はICUに移り、間もなく亡くなりました。 私は、壁を凝視していた母の眼差しを今も忘れることができません。

 壁から湧き出ていた黒いもの。 あのとき母にも見えていたのでしょうか。