高龍神社も前回呼ばれて行った事のある神社ですが、こちらも冬だったのでね
山の中に奥の院という場所があるらしく、冬は閉まってるので今回はこちらに行く事に
本当に山の中の奥!
って所にありました
それでも元々は山の上にあって下に降りてきてもらったと書いてたような…
車一台通るのがギリギリの恐ろしい道(隣は崖)の先にある奥の院
ヒヤヒヤしながら辿り着きました![]()
徒歩だと危ないから車で行ってねと注意書きしてた意味がわかった…
中に入ると酔っ払ってるおじいちゃん神様がいたのでお話した
お酒好きな神様かな〜
本殿の売店に戻って前回売り切れだった温泉まんじゅうを買ったら御神酒もらった
やっぱりお酒好きな神様なんだろうな笑
前日は八海山で塩をもらったので、日本酒塩風呂にしよう!
あとはもう新潟といえば的なもの食べたり
甘いのも食べたり
また別の日はこちらも前回行った弥彦神社へ
ここも知らなかったのですが、山の頂上に奥の宮があるらしく…
今回は全部奥(山)に来いと![]()
って事で苦手なロープウェイで上まで登って
汗だくでもう足が上がらないよー
虫が多すぎるよーと言いながら20分くらい山歩いて
なんとか到着
海が見えるんだけど曇ってて見えないね。
神様が教えてくれたのは
この弥彦山ら辺の土地は昔、子供や若い女性や動物を生贄として神様に捧げてた
神様とのご縁と力が欲しくて(豊かな生活や天候なんかもそうかもね)
人間の考える神様は妖怪的なものなのだろうか?
生きてるものを捧げられても喜びはしないのに
そして何故子供や若い女性?
弱い者と決めつけたのは男性だったのか
そう言い出した人が贄になればよかったじゃないか
とかなんとか、色々思うところがある話だった
これはホラー系の漫画やゲーム、映画なんかでもよく出てくる話で
実際に昔普通にあった話
こんな勝手なイメージ、勝手な話が大昔からもあった
人は何かを得るには「犠牲」が必要と考えるからだ
弥彦の神様はその勝手な大人たちの勝手な話の犠牲になった子達とご縁を結んだ
勝手な大人達や実の母親にも「贄に選ばれたのは光栄な事だ」と見放され見捨てられ
恐怖と絶望に陥れられ生贄に選ばれた子達を哀れみ
「私が母になる」とその子達と深い深いご縁を結んだ
ここの山と神様にはそんな話を聞いた。
自分や他人、誰かを犠牲にしないと成り立たないものは幸せとは呼べない、呼ばない
そのやり方では本当に欲しいものは手に入らない
この話でいえば、神様がご縁を結んだのは犠牲にされた子供達でその話を考えた大人達ではない。
今でもこの犠牲を強いた大人達や、犠牲を強いられた子供達と形違えど似たような考えの人はまだまだたくさんいるんだろう
お金や生活や誰かのためと身を粉にして働く事や
嫌なのに他人や何かを気にして我慢して付き合う事や
嫌だからあなたがこうしてよと要求する事も
親や周りがこうしなさいと言うからやりたくもない事もやらなきゃとする事なんかもそうかもね。
でもそもそも人間は勝手だ
自分も他人から見たら勝手で
他人を見た自分も勝手だと思うもの
だからこそ「自分はどうする?」を考えるもの
人間には考える力もある
誰もが常に他人に寄り添ってくれるわけではない
寄り添っても「勝手だ」と思われることもあるかもしれない
自分勝手は良くないイメージがあるかもしれないけど
人間は元々勝手なものだから「自分の勝手」にするのが幸せでもある
自分勝手とは自分を犠牲にしない
他人も犠牲にしない
自分のルール(価値観)がみんな各々ある
自分の価値観を守る事を他人に尊重してもらう
他人の価値観を守らせる事を尊重する
これが出来たら、きっと誰も犠牲にしない自分勝手に生きれて幸せなんだろう
自分も他人も勝つ手立てを考えられた人が犠牲のない欲しいものを手に入れれる
本当の幸せを手にできるんだろうな
己を犠牲にすること、他人を犠牲にすること
犠牲の先には何があるのか
何もない、何も得られない、苦痛を感じるだけ
この苦しいのを我慢すれば、相手が変われば、自分が乗り越えれば何かが手に入れられると何故か思っている人は
苦以外そこに欲しいものや答えは何もないという事を知ってほしい
そして自己犠牲をしてる人や自分に犠牲を強いてくる人がいたとしたら
その人は幸せになる方法をまだ知らない人なんだと思って、かまわなければいい
犠牲の先に幸せがあると信じてる、思ってる、まだ知らない人なんだと
それは大昔のお話の間違ってるやり方と同じなんだということを知ってほしいと
弥彦の神様が「そのやり方は違う」とずっと言いたかったんじゃないかという深い思いも感じつつ
今もその時代に深くご縁を結んだ子供たちを母親のように見守り助けたり可愛がったりしてるんだろうなとも思った
だからこれを伝えたかったんだ
もう犠牲にならないで苦しまず幸せになれる子供達が増えるように
たくさんいろんなお話を聞けて、結果来てよかったなぁと思った
いつも行く前はなんとか行かない方向にならないかと考えてるけど笑
帰りは売店で冷たいの食べて
お土産買ったりご飯食べたり、この他にも別日にあちこち神社寄ったり
色々満喫してたんですが、もう移動やら山登ったりやら気温の高さもありで疲れ果ててたので全然写真撮ってないんですよ
今回は二週間かけて石川県から長野、新潟とあちこち行って疲れたけどどこも楽しかったです!
今回の神様とのお話は共通して「ご縁」の話が多かったなぁ
僕はどこに行っても京都の神様達が一番深く関わっている、サポートしてくれていると感じる事が多いし
良い縁もあれば悪い縁と出会う事もあるから
良い縁だけ残す、繋がる、選ぶっていうのもやるようになった
もちろん、これはご先祖さまや神様達が沢山教えてくれたから知れたこと
僕もだんだんと「自分勝手」に生きるようになってきてるのかな〜と
沢山幸せって感じて生きたいからもっと自分勝手にできるようにもなりたいな
そんな事考えながら札幌に帰りました
終わり!













