LDRへなんとかたどり着き、少し頭の方が高くなっているベッドに横になりました。
お腹に、赤ちゃんの心音を測る機械をつけてもらい、ドクンドクンという鼓動は聞こえていたので、それを励みに、痛みと闘いました。
酸素マスクを付けられましたが、それでも呼吸をするのがやっとでした。
仰向けにはなれず、右を下にしたり、左を下にしたりしながら、3分間隔くらいの陣痛を3時間くらい耐えました。
ベッドの手すりに捕まり、震えながら耐えました。
出産がこれほどまでに痛いとは…!
これ以上は無理です!神様!
心の中で何度も叫びました。
最後の30分くらいに、ようやく「いきみたくなる」の意味がわかりました。赤ちゃんが出そうな感覚のことを言うんだなと思いました。
「裂けちゃうと大変だから、先に切るんだよ。でも全然痛くなかったな。」と昔母から聞いた時は、ヒェ〜と思いましたが、本当に、会陰切開の痛みは感じませんでした。
凄まじい痛みの中、あと少しで赤ちゃんと会えるんだ!頑張れ!と自分を奮い立たせながら、1分間隔の陣痛を耐えました。
そして迎えた産まれるとき。
「赤ちゃんが弱ってきているから、吸引するね」
とお医者さんが言い、本当にトイレで使うスッポンのような物を手に持ったかと思ったら、次の瞬間、お腹の中身がグルグルと回転して全部出た!という感覚に。それと同時にテレビで聞いたことのある、
「オギャーオギャー」
という産声が聞こえて、胸がいっぱいになりました。早かったけど、無事に産まれたんだ!と思い、安心したことを覚えています。
程なくして、私のところにきれいにしてもらった息子が運ばれてきました。
抱っこさせてもらうと、小さいのにズッシリと重くて、命の重みを感じました。
枕元に置いてあった私の携帯で、看護師さんが写真を撮ってくれました。
その後息子は、私のベッドの横にある、新生児を寝かせるベッドに運ばれて、しばらくは一緒に横になっていました。
その間に、切開した部分をチクチク縫われ、後陣痛?による痛みで、それなりに下半身は痛かったのですが、横を見ると、手を動かしたりあくびをしたりする息子の可愛らしい姿が見られたので、それほど苦痛を感じずに過ごせました。
明け方4時に産まれ、看護師さんに言われるままに帰宅した夫は、朝の6時前くらいに出勤する前に病院へ来ました。
今ならスマホで動画を撮れますが、10年前はまだガラケーだったので、夫が持ってきたビデオカメラで動画を撮ってもらいました。
夫が出勤したあと、フラフラで立つことが出来なかったので、病室へは車椅子で戻りました。
ベッドに座ったところで、ようやく、縫ったあそこがすごく痛いことに気付きました。
あそこもお腹も痛いのに、ものすごく豪華な朝ごはんが運ばれてきて、ほとんど食べられませんでした。
2242g
息子の産まれたときの体重です。