私の経験が誰かの役に立ったら…と思って始めたブログでしたが、昨日は沢山の方々が立ち寄ってくださったようで、とても嬉しいです。ありがとうございます
他の方々のブログは、文字の色や大きさが違っていたり、絵文字をたくさん使われていたり、楽しいものが多くて素晴らしいなと思います。
いずれ、楽しい内容になったら、楽しい雰囲気のブログにしていきたいです。
さて、出産当日の夜の話です。
出産後は、自分の体ではないような、不思議な感覚に襲われていました。昼ごはんもほとんど食べられず、眠ることも出来ず、ずっと脈が早く、呼吸も早かったです。
眠ったら死んでしまうのではないか、と本気で思っていました。
体を真っ直ぐにして寝るととても苦しいので、ベッドの上半分を45度くらいに起こして過ごしました。
産褥パッドを取り替えるのが間に合わないほど出血して、ベッドを汚してしまいました。
今思うと、私は出血量が多く、貧血が酷かったので、それが原因の息苦しさだったのでは。
看護師さんに、助けを求めましたが、血圧やなにやらを測定してくれて、大丈夫ですよと言われました。
でも、全然大丈夫と思えず…。あの日、私は人生で一番死に近い状態だったように思います。
昼を過ぎて、14時ごろ、保育器の中に入っている息子のところに、ミルクを飲ませに行きました。
普通に大きく生まれた赤ちゃんたちが、ガラス越しにすぐ見られるように並んで眠っているのに、私の息子は奥の方の保育器の中にいて、部屋の外からは姿がよく見えません。
生まれた直後は抱っこできましたが、この時は保育器に手だけ入れて、ミルクを飲ませる方法を看護師さんに教わりました。
この時、看護師さんに、
「小さいけれど、よくミルクを飲むし、元気だから、お母さんと一緒に退院できそうですよ」
と言われ、とてもホッとしました。
色々大変だったけど、無事で本当に良かった。
そう思いながら部屋へ戻りました。
その直後、会った事のなかった病院の院長さんが私の部屋にやってきました。
そこで初めて、私は常位胎盤早期剥離を起こしていたことを伝えられました。
全部が剥がれていたら、息子は助からなかった。半分くらい剥がれた状態で出産できたから、下から産む事ができた。
息子が亡くなる可能性は50%、私が亡くなる可能性も10%あった。二人とも無事で良かった。
というような話だったと思います。そして、意味がよく分かりませんが、病院の入院費を割引してくれました。
私が出産前日、具合が悪いから見てほしいと電話をしたのに、見てもらえなかった事についての、弁明もありました。
「それまでの経過が順調だったので…」
そんな感じで、一通りの説明や謝罪のようなものをしたあと、院長はいなくなりました。
割引してくれたのは、謝罪の気持ちなのか、口封じなのか、何なのか未だに分かりません。
頭が鮮明な状態だったら、もっと色々言いたい事があったのに…。その時はフラフラふわふわしていて、言い返す元気も、問いただす元気もありませんでした。
漠然と、もやもやした気持ちでしばらく窓の外を眺めていたら、夫が病院へ来てくれました。
夫に説明をしたら、とにかく無事でよかったと言っていました。
夕食が運ばれてきて、超豪華なのに私はまた食べられず、ほとんど夫が食べました。とても美味しかったらしいです。
食事を終えたころ、看護師さんが部屋へ来て、
「息子さんの呼吸が安定しないので、新生児科のある病院へ救急搬送します。ご主人は手続きがあるので救急車の後ろを車でついてきてください。」
と突然言われました。
え?さっき、一緒に帰れるって言ってたじゃん。
救急車に乗る直前、運ばれていく息子を見送りました。
目が合ったような気がしました。
そこから、私は人目もはばからず、ずっと泣いていたように思います。
部屋に戻り、ずっと泣きながら、星を眺めていました。
どっちにしろ、心臓がバクバクして眠れなかったので、星にお願いしていました。
どうか、息子を助けてください。
夜の7時ごろから、泣きながら祈っているうちに、朝になりました。突然の出産から始まり、長かった9月30日が終わり、10月1日になりました。
次からは、NICUの話をしたいと思います。