よい方にも悪い方にも私の感情は死につつあるようだ。薬のせいか?いや年のせいもあるだろう。マジヤバいことなのになんかぼんやりして、どうしょうもないよねと一人で諦めている。

以前だったら焦燥感に駆られて体のあちこちがきゅーっとなる思いがしていたのだがそれも減った。まああの感覚はあまり味わいたくない。毎回死にたくなる。

一番年のせいではないかとかんじたのは、とにかく人が死にすぎた。そして今も身近な人たちがバタバタ亡くなっているし、言い方は悪いがカウントダウン状態の人がたくさん。毎回喪失感と悲しみを覚えていたが最近はそれが淡々とした感覚にしかならなくなった。悲しくないわけがないのだけれど、ぐっと込み上げるものが明らかになくなった。感情が鈍磨したのか、心の防衛規制でリミッターがかかっているのか。

私はだいたい葬式が嫌いだ。

コロナ禍がもたらしたアフターコロナの文化に一ついいものがあるとしたら家族葬、密葬が増えたことだろうか。昨今の葬儀費用の増大なども関係しているでしょうか。葬式に行くのは面倒くさい。結婚披露宴に呼ばれることはついぞなくなった。あれも嫌だった。つまり礼服を着るのが嫌だった。

そうだな結婚披露宴の方が嫌だったかも。ある時期は呼ばれるだけ呼ばれてお金包みまくって、あなたにもそのうち還ってくるからと言われたがついぞ縁なくまもなく人生ジエンド。あほらし。

金のことでいえば、この間ジップロックにいれていたお金を紛失した。どこかで落としたらしい。それは預り金だったので結局立て替えた。少額だったのでやれやれと思っていたら、今度は10万円を紛失した。

銀行に入金するために束にしてまとめていたのが悪かったらしい。何かの支払いをするときに束が引っ掛かってそのまま落としたらしい。もうガックリきて具合が悪くなった。でも昔のような身体中がきゅーっとなる焦燥感は不思議と出なかった。昔だったら泣くまで悔しさとどろどろした感情に翻弄されているところだった。

抗不安薬が効いてそれ以上感情が高ぶるのをブロックしてくれているのだろう。あとあまり自分に期待しなくなったというのもある。この自分に期待しなくなったという感じ、本当に人間がダメになっていく。それすらももうしょうがないよね、どうしようもないよねと考えてしまう。すっかり世間体を維持するだけのつまらない人間になってしまった。私も早めに死にたいがどうも死神の鎌はまだ遠くにあるのか。持病のせいであまりよい死にかたにならないみたいだが、できれば苦痛もこの磨滅した感情のように少なくなって欲しい。

ある段階でやはり自裁なんだろうが、やはり調べたら首吊りが一番苦痛が少ないらしい。うまくやれば三秒で意識はなくなるそうだ。まあ体がいうことを利くうちは死にたくはないけれど、社会性を維持するだけの気力がなくなれば鈍麻した心がふらっと死神とあわせてくれるかもしれない。心残りは猫と楽器。猫は最近長生きできる薬が認可されそうで30才時代になりそうだとも。そこまで生きたらもう少し意思の疎通もできそうなものだが、うちのはツンデレだから中々その機微が分かりにくい。できれば私よりは長生きして欲しいものだ。保護して育てた側からの勝手な思いだが。楽器はもうほとんど使ってないから、あの世に持っていけないからまとめて売り飛ばしてもよいのだけれど、やはりそれなりの値段で引き取ってもらうか逆に大事にしてくれそうな人に無償で譲りたい。実際何台かはすでに無償譲渡した。

一所懸命集めた熱意のおき火のようなものがずっとくすぶっている。我ながら未練がましいものだ。