何度か夢で見た広い屋上。

久しぶりにその夢見た。

ものすごく現実感があって、そんなところに僕は住んでいたことがあったかな?とわからなくなるくらい。

少し明晰夢なところがあって、このマンションというか部屋には住んだことがないなってのはなんとなくわかっている。鉄筋の大きい古びたマンションというよりは団地に近いスチールのドアをギリギリという音を立て開けると意外に広い部屋になっている。部屋の色調はすすけた感じのグレーな内装で、階層は多分最上階。

なぜ最上階だというとテラスの外が屋上になっているからだ。その屋上は妙にデコボコしていて、布がテントのように下がっていたりして、妙な雰囲気なのだ。とてもとても広くて、もしかしたらとなりのビルなんかと段差はあれどほとんど繋がっているような感じだから果てしなく広く見えるのかも知れない。実際その屋上の先の地平はぼんやりとして見えない。なんとなくかげろうのかかったようなゆらぎではっきりしない。


そしてその屋上にはものすごくたくさんのネコがいる。

まるでネコネコガーデン(=゚ω゚=)

黒猫、茶トラ、キジ、白、ハチワレ何でもござれ。


久しぶりに見た夢、その部屋から屋上のネコネコガーデンを見ながら懐かしさとちょっとした違和感を覚えながらボーッとしていた。


ネコたちは少しずつ群れたり単独のやつもいたが喧嘩するでもなく、ニャアニャア鳴くわけでもなく、晴れた空にプカプカ浮かぶ雲をのんびり眺めて暮らしているような雰囲気だった。


この夢を最後に見たのはいつだったか。と思いを巡らしたところで目が覚めた。目を明けるとうちのネコが枕元で起こしてくれたのがわかった。仕事に行く時間を教えてくれたらしい。ありがとね。と礼を言って着替える。


部屋を出て回りを見て回るがポン吉はやはりいなかった。そこで僕はもしかしてあの屋上はネコの虹の橋のふもとなんじゃないかと。

僕はこれまで4匹のそして子猫も入れればもう少し多くのネコの最期に立ち会ってきた。


ポン吉はそれを伝えてあの夢を見せてくれたのかもしれない。

まだ生きていて欲しいのだけど、最後に見たときは本当につらそうだった。人がやったことなんだとしたら本当にひどいことをする輩がいるものだと心のなかで憤激している。


もしもう苦しみがなく楽になったのなら、もしかしたら窓をガシガシやるとエサをくれるさえないやつのことを思い出してくれたのかもしれない。


悲しいよ。また元気になってトラと一緒に窓をガシガシして欲しかった。トラ寂しそうで、それからなんか人をとても怖がっているようだった。やはり、ポン吉は心ない人間から何かされたのかもしれない。言い様のない怒りがうずまく。


前に飼っていたマーが死んじゃった時もあの夢を見たのかな。もう覚えてはいない。でもその屋上が見える部屋はとても心地よくてずっとそこに住んでいたいと思う部屋でした。今の現実のあばら家とは天と地の差です。


あっそうか、この間知人と小さい頃にマンションの内覧会に家族で行った話をしたのだった。

あの時両親がマンションを買ってそこに住んでいたら僕の人生もものすごく変わったものになっていただろうというお話し。


系列のマンションが取り壊しになるというニュースを見てふと思い出してその話になったのだった。

そしてなんとなくその入り口とネコネコガーデンのあるマンションは時空の回廊で僕の頭のなかで繋がっていたのかもしれない。

夢の内容はもう少し克明に覚えておきたかったのだが、いまはこのくらいしか覚えていない。

案外ネコだけでなく自分自身が死に近づいた時にその扉は開くのだろうか。


そして僕が死んだらその屋上へ続くベランダの窓が開いて屋上にでることができるのかもしれない。


そして最初は犬だけどジョン、そしてネコのナナ、シロ、チビ、学生のころ同棲していたマー、実家にそっくりで名前も同じでビックリした一番長生きしたマー、それから助けたけど間に合わなかったキンキ、他にも育児放棄された2匹の赤ちゃん茶トラ、たくさん看取ってきた。

今いる銀もいつかはそこに行く。僕が行くのが先かもしれない。そしてその広い屋上でみんなに出会えたら始めて虹の橋を一緒に渡って行けるのだろう。その日があまり苦しまずに引っ越せますように。


最近ちょっと今さら感のある分不相応な恋なんかをして一人で苦しんで喜んで諦観へ収斂した思いもその墓場に放り込みたい気持ちもあったのだろう。


本当に世の中ってうまく行かない。生きるって難しい。

あとののこり時間本当は自分自身のためだけに使いたいけれど。多分馬車馬のように働いて野垂れ死になんだろう。