
顔がテレビに 映し出されて
てるおですけど、何か?
思わず箸が止まった(笑)
「としじゃん!」
死者の霊をエスコートする霊の役目(笑)
ちょっとコメディタッチで。
霊なのに怖くないの(笑)
でも、「とし」っぽいと思った。
子供等が、
「友達なん?」と、テレビの中の人を見ながら。
不思議な感覚だろう。
わしも、いまだに慣れんよね、知った人がテレビの向こう側にいる事って。
…かみさんの知り合いは、幾人も、頻繁に出ている…その類の知り合いが多いみたい…
23歳?4歳?に東京に上京した時に、一番最初にバイトした
池袋のとんかつ屋さんの仲間である。
かれこれ、4半世紀前って話になるわな…(笑)
そんな昔け?
…
仙台から東京に引っ越す時に、
気合入れて丸坊主にしたんよね…(笑)
東京って、その頃の自分からしたら
未知なる大都会だったんで、負けちゃいけん!って。
いうても、バンドの仲間が先に東京に住んでたので、
心の支えはあったんだけどね。
ずっと一緒に居る訳じゃないから、
一人でもちゃんと生きていかなきゃな訳ですよ。
そりゃ気合を入れなきゃなんですよ(笑)
…
そのとんかつ屋さんに入ったことが、「当たり」だった訳です。
今思えば。
バイト同士が仲良くてね、ちょこちょこ飲みに行ってたみたいで。
すぐ仲間に入れてもらい、朝まで…みたいな。
仕事中、映画に話になることが多く、ついていけなかったから、
家の近くのビデオレンタル屋さんから借りまくって、
月に25本くらいビデオを見あさって、
しかも「プレミア」という映画雑誌を定期購読し、
数か月後には、そのバイト先で「映画に詳しい人間」になっていた(笑)
休みの日にバイト仲間とパチンコに行って、勝ったら
仲間を呼んで飲み会…みたいなことを繰り返してた。
そのうち、毎月定期的に飲み会を企画するようになって、
毎回20人くらいの飲み会をやってた。
多いときは店を半分貸切って40人くらい。
…非常に懐かしい(笑)
バンド目的で上京したのに遊んでばっかいたな…。
遅刻ばっかりしてた俺が
6年間も働かせてもらったのだ。
ありがたい話である。
未だに、その当時の連中とつながっていて、
連絡も取りあってるのだ。
ここまで長い付き合いになると思ってなかったが、
わしの人生の中で貴重な場所の一つだったのだ。
そんな仲間がテレビに出てることは嬉しい事である。
最近あちこちで見かける。
ほんと嬉しいのだ。
頑張ってるね!
とし。
誇りに思うで!